2020年3月に開催が予定され、すでに多くの方から参加お申し込みをいただきながら、直前に延期となった拙レクチャーがようやく実施の運びとなりました。開催は来春3月26日の午後1時から、東京都調布市の白百合女子大学三号館 R.3203にて。論題は「光吉文庫のロシア絵本について ――コレクションの稀少性と歴史的意義」といい、白百合女子大学児童文化研究センターの「光吉文庫」に残された光吉夏弥旧蔵のロシア絵本についての紹介と考察です。
光吉夏弥(みつよしなつや)は戦後間もなく絵本シリーズ「岩波の子どもの本」の編集と翻訳に携わった人物で、『ひとまねこざる』『みんなの世界』『九月姫とウグイス』などの名訳は、70年近くを経た今も多くの読者に親しまれています。その彼が戦前に蒐集し、長く手元に置いていたロシア絵本はいずれも入手が困難な稀覯本となっており、世界的にもきわめて貴重なコレクションと申せましょう。
このレクチャーではその内容を詳しく紹介するとともに、蒐集された経緯や歴史的意義も検証します。絵本の現物もお目にかけながら、具体的に話を進める関係から、オンラインでなく対面でのレクチャー実施を希望していたため、コロナ禍により開催がのびのびになり、約二年もお待たせしてしまったことを深くお詫びします。
二年前に聴講を申し込まれた方々には、すでにご連絡が届いていると存じますが、できれば当日は会場まで足を運んでいただき、じかに皆さまにお目にかかってお話しできれば幸甚に存じます(ZOOMによる同時配信もいたします)。なお、感染症予防の観点から、対面での参加者数は定員60名に限らせていただきますので、申し込みはお早めにお願いいたします(12月15日現在すでに30席が埋まっている由)。
❖以下はレクチャーの趣旨を述べた口上です。
《光吉夏弥が集めた戦前のロシア絵本》
白百合女子大学児童文化研究センターの「光吉文庫」は、世界各国の絵本と児童文学に通暁し、それらの翻訳紹介に大きな業績を残した光吉夏弥(1904~1988)の旧蔵書です。文庫の内訳は約13,000冊からなる膨大なものですが、そこには1920~30年代のロシア絵本が良好な状態で61冊も残されています。今や稀覯本となったそれらの絵本は、光吉が戦前にほぼリアルタイムで入手したものと考えられ、やはり同時期に蒐集された画家吉原治良(よしはらじろう)旧蔵の87冊、デザイナー原 弘(はらひろむ)旧蔵の39冊、童画家まつやまふみお(松山文雄)旧蔵の32冊と並ぶ、日本屈指の貴重なロシア絵本コレクションにほかなりません。
太平洋戦争が激化する1943(昭和18)年9月、光吉夏弥は雑誌『生活美術』の「絵本特輯」で、日本の絵本の後進性を指摘するとともに、1930年前後にソ連で出た「粗末な紙に刷られた簡単な絵本」の優秀性と先駆性を高く評価し、「凡ゆる知識的なものについての絵本が、ふんだんに提供された」「絵本本来の魅力を本質的に持つたものであつた」と、見事にその特質を言い当てていました。
今回のレクチャーでは、光吉旧蔵のロシア絵本の多彩な内容を紹介するとともに、コレクションの方向性や歴史的価値を検証し、当時の光吉がそこに何を見出したかを考察します。
コロナ禍でこの講演会は開催が二年延期されましたが、幸いにもその間に澤田精一(さわたせいいち)氏の労作『光吉夏弥 戦後絵本の源流』(岩波書店、2021年)が刊行され、彼の生涯と業績に新たな光が投げかけられました。当レクチャーもこの評伝を踏まえて、すでに舞踊と写真の研究で一家をなしていた戦前の光吉が、いかなる経路から絵本の世界へと足を踏み入れたか推理してみたいと考えています。 (沼辺信一/絵本蒐集・研究家)