先日すいぶん久しぶりにお目にかかったフランス音楽好きの知友と物々交換により入手した珍しいCD。テオドール・デュボワの室内楽集である。自分ではまず食指が伸びない作曲家ゆえ、よく知らずにきた。友人は近頃このロマン派の作曲家にはまっている由。ちなみに、小生はアンゲルブレシュト指揮によるフランクの交響曲ほかを進呈した)。
"Théodore Dubois: Chamber Music"
テオドール・デュボワ:
ヴァイオリン、オーボエ、ヴィオラ、チェロ、ピアノのための五重奏曲 ヘ長調 (1905)*
ヴァイオリン、オーボエ、オルガンのための《瞑想曲》(1900)**
弦楽四重奏曲 第一番 変ホ長調 (1909)***
オーボエ、弦楽、ハープ、オルガンのための瞑想的小品 作品17 (1869刊)****
弦楽四重奏のための《子供の小さな夢》(1903)*****
オーボエ、チェロ、弦楽のための《カノン形式の二つの小品》(1901)******
オーボエ/ラヨシュ・レンチェース* ** **** ******
ヴァイオリン/グスタヴォ・スルギク**
チェロ/レオ・レンチェース******
ピアノ/カロル・デュボワ*
オルガン/アンタル・ヴァーラディ** ****
ハープ/山畑るに絵****
パリジイ四重奏団
ヴァイオリン/アルノー・ヴァラン* *** *****
ヴァイオリン/ドリアーヌ・ガーブル*** *****
ヴィオラ/ドミニク・ロベ* *** *****
チェロ/ジャン=フィリップ・マルティニョーニ* *** *****
ブダペスト弦楽合奏団**** ******
2010年10月27–29日、シュトゥットガルト、南西ドイツ放送局 室内楽スタジオ* *** *****
2020年7月1日**** ******、7月2日**、フェルバッハ・エフィンゲン(バーデン=ヴュルテンブルク州)、クリストゥス・ケーニヒ教会
Toccata Classics TOCC 0362 (CD, 2021)
五重奏曲 ⇒
テオドール・デュボワ(1837–1924)はサン=サーンスの二歳下、フォーレの五歳上にあたり、長命だった二大巨匠の同時代者として生涯を送った。斯界の第一人者たり得ない宿命にあったわけだが、それでも長く母校パリ音楽院の教授職にあり(デュカ、ロパルツ、フローラン・シュミットの師である)、1896年には院長職に就いた。
ところが1905年に院長を退いた直後、ラヴェルのローマ賞落選をめぐる騒動に巻き込まれ、在任中の旧態依然たる教育方針が槍玉に上がった。デュボワの名はもっぱらこのスキャンダルにおける悪役――といって語弊があるなら、守旧派の親玉というか――として音楽史に記されることとなった。ドビュッシーの登場と共にフランス音楽が大きく変貌する転換期に、いかにも損な役回りを演じたわけである。
そんなわけで、赫々たる経歴にもかかわらず、歴史に名のみ残る群小作曲家のごとく扱われてきたところに、デュボワの不運があった。だが彼を取り巻く逆境は近年大きく変わり、再評価の波に乗って、演奏会でも録音でもデュボワ作品がしばしば登場している――そんな話を友人から聞かされ、ぜひ一聴されよとこのCDを手渡された。
アルバムを一聴して驚かされる。とりわけ冒頭の変わった編成のピアノ五重奏曲(第二ヴァイオリンの代わりにオーボエが入る)が逸品である。平明で親しみやすい音楽なのに、創意と発明力と室内楽の愉悦に満ちていて、飽きさせる瞬間が少しもない。デュボワの並々ならぬ才能を見せつけられた思いがする。
弦楽四重奏曲もすこぶる魅力的。繰り出される主題自体も洗練されているが、それが楽器間で受け渡される書法がよく練れていて、さすが大家の作と感心させられる。これほど巧緻で生気に富んだ作が長く埋もれてしまい、本CDが世界初録音とはちょっと信じがたい。
ただし前者が1905年、後者が1909年という制作年を知ると、いささか首を傾げざるを得ない。高度な音楽性や練達の手腕は高く買うとして、シューマンかメンデルスゾーンを思わせる率直なロマン主義志向は時代の趨勢を反映しない。そこには20世紀の曙光はおろか、世紀末的な残照もみられない。時代に逆行する守旧派たる所以である。
その他の収録曲はいずれも数分のサロン風小品だが、これらも愛すべき佳作ばかり。ヴァイオリン、オーボエ、オルガンのための《瞑想曲》など、かの《タイースの瞑想曲》と並ぶ、といったら褒めすぎだが、もっと演奏されてよい小品だろう。弦楽四重奏のための二つの小品《子供の小さな夢》もいい。これも世界初録音だそうだ。
本アルバムにはオーボエを含む室内楽が多く集められており、名手レンチェースの美しい音色が聴きものだが、デュボワは誰か特定の奏者の妙技に触発されて(例えばブラームスにとってのミュールフェルトのような)これらを作曲したわけではなく、膨大にある室内楽作品のなかに、たまたまオーボエを含む数曲があったということらしい。五重奏曲と《カノン形式の二つの小品》の初演者は同じジョルジュ・ジレ(Georges Gillet)という人。パリ音楽院の教授を長く務め、マルセル・タビュトーの恩師にあたる。
《瞑想的小品》でハープを奏する山畑るに絵(Renie Yamahata)は、昔NHK交響楽団のハープ奏者だった山畑松枝の実娘で、珍しい名はフランスのハープ奏者アンリエット・ルニエ(Henriette Renié)に因んだものだろう。パリ音楽院で学んだのちルツェルンやシュトゥットガルトの管弦楽団で活躍、今は南西ドイツ放送交響楽団の奏者という。