今から半世紀前、翻訳児童文学の分野で最も気を吐いていた意欲的な出版社はどこだったか、ご存じか。岩波書店? 福音館書店? あかね書房? それとも評論社か?
正解は「学研」こと学習研究社だ。教育雑誌と学習教材で財を成した同社は、1960年代末から70年代初頭にかけ、目を瞠るほど勇猛果敢に、いくつもの翻訳児童文学シリーズを刊行した。
その総仕上げとして同社は「ジュニア世界の文学」を世に問う。「児童」や「少年少女」を謳わずに、あえて「ジュニア」と称したのは、年長の子供たち、今でいうところの「ジュヴナイル」「ヤング・アダルト」層を対象とする読物シリーズを意図したからだろう。
1970年から翌年にかけ全十二冊が出た。ラインナップは次のとおり。
1. 若い日の苦しみ
リーゼ・ガスト作 小川 超 訳
2. 草原の歌
チンギス・アイトマートフ作 佐野朝子 訳
3. マリアンネ
ゲルトルート・ホイザーマン作 大島かおり 訳
4. 長かった週末
ホーナー・アランデル作 掛川恭子 訳
5. ズボンのロバスケ
アンリ・ボスコ作 多田智満子 訳
6. 北風の町の娘
ジョン・R・タウンゼンド作 亀山龍樹 訳
7. 夏草はしげる
ピーナ・バルラーリオ作 安藤美紀夫 訳
8. さすらいのジェニー
ポール・ギャリコ作 矢川澄子 訳
9. 早春
ハルディス・М・ヴェーソース作 山内清子 訳
10. ぼろぎれマリー
リュース・フィロル作 内村瑠美子 訳
11. 焼けあとの雑草
ジル・P・ウォルシュ作 沢田洋太郎 訳
12. 海の休暇
キャサリン・ストール作 新谷 行 訳
う~ん、渋いうえにも渋い、いかにも通好みのラインナップだ。ボスコ、タウンゼンド、ウォルシュらの注目作に逸早く目を留め、各国の近作をバランスよく配している。ギャリコのような大家が含まれる一方で、このとき初めて紹介された作家もいる。
当時の学研にはよほど優れた目利きの編集者がいたのだろう。翻訳陣の人選もよく考えられている。段ボール外函の裝画を矢吹申彦に、ブック・デザインを山口はるみに委ねるというセンスも半端でない。
このシリーズははたして売れたのか? とてもそうは思えない。手間暇をかけて中古で一冊ずつ入手してきたが、奥付を見るとどれも初版である。刷り部数も少なかったのではないか。あまり目にする機会がないのはそのせいだろう。
つい最近、ずっと探し続けていた最終巻の『海の休暇』が手に入った。しみじみ嬉しい。キャサリン・ストー(ここではストール)が『マリアンヌの夢』(のちに邦訳が出た)の続篇として書いた作品。これは読み応えがありそうだ。