「たばこと塩の博物館」が2015年に渋谷の公園通りから墨田区横川に移転して以来、訪問する機会がなかった。たまたま回顧展「杉浦非水 時代をひらくデザイン」が開催中と知り、家人とともに訪ねてみた。拙宅からは電車を三本乗り継ぎ、最寄りの本所吾妻橋駅で下車。地上へ出ると目前にスカイツリーがいきなり聳えていて吃驚。
そこから七、八分歩いた殺風景な倉庫街の一郭に博物館はあった。もともと日本たばこの倉庫だった建物を改修したスペースである。入場料はと聞くと、老人は五十円だという。これで展覧会も常設展示もすべて見られるのだ!
杉浦非水の展覧会は、渋谷時代のたばこと塩の博物館(1994)、愛媛県美術館(2000)、京橋のフィルムセンター(2000)、宇都宮美術館(2009)、渋谷区郷土博物館・文学館(2015)、東京国立近代美術館(2019)と、ここ四半世紀の回顧展は皆勤なので、本展を観てさすがにめぼしい新発見はないのだが、やはり明治末から大正初年にかけての文学書の装幀が圧倒的に美しい。もちろん嘱託として長く務めた三越での仕事にも見るべきものが多い。
それに比して、昭和に入ってからの後半生のデザインにはマンネリと空転が目立ち、20世紀とともに歩んだ気がしない。時代に取り残された図案家の悲哀を感じてしまう。1955年、武蔵野美術大学の図案科に入学した和田誠はまず非水教授の授業を受けるのだが、旧式すぎて学ぶものが何もなかったという。さもありなん。
さして広くないスペースに膨大な作品を並べた本展は見応え充分。会期終わり近いので展示替えで見逃した作品も少なくないが、それでも自作の年賀状やら、外遊時の品々やら、歌人だった妻・翠子との合作やら貴重な品々が観られたのは眼福だった。大正二年の『演藝画報』に非水が描いたバレエ・リュスの表紙が、2015年の展覧会に次いで出品されていたのが嬉しかった。
カタログは全出品作を漏れなく収め、有益な論考をいくつも配した優れたもの。もちろん買いましたとも!
一時間半ほど丹念に拝見し、常設展示の「たばこ」「塩」の両コーナーもざっと眺めたら、老人夫婦はぐったり疲労困憊した。ここらで一服といきたいが、敷地内はどこも禁煙である。嗚呼!
そのあとは地図を見ながら、風情の乏しい裏道を経て蔵前橋通りに出て東へ、墨田区から江東区へと抜けるとそこは亀戸天神。脚が弱って痛いので、まずは門前の甘味処「船橋屋」本店でしばし休憩。家人は定番の「白玉汁粉と葛餅のセット」、小生は季節限定だという「柚子白玉餡蜜」。そのあと七五三の親子連れで賑わう天神境内で御神籤を引いたり、菊祭りを眺めたりした。
昼食が済んでいないのを思い出し、亀戸駅前の商店街を捜し歩くが、すっかり様変わりしていて、めぼしい店は一軒もない。結局は駅前の「アトレ」上階の蕎麦屋で割子蕎麦をいただく。趣があった地元商店街の衰退は哀しいが、これも時の流れだろう。