久方ぶりに所用で上京して帰宅すると、神宮輝夫さんの訃報を告げられて言葉を失う。言うまでもなく、英国児童文学研究の第一人者であり、夥しい数の英米児童文学の翻訳者である。なによりもまずアーサー・ランサム全集の翻訳で、その行き届いた訳文に強く感化された。「おどろき、もものき、さんしょのき」も、「たまげた、こまげた、ひよりげた」も、「オボレロ ノロマハ ノロマデナケレバ オボレナイ」も、彼の麗筆から生まれ出た名台詞だ。
一度だけだがご本人にお目にかかったことがある。2007年6月10日、銀座の書店「教文館」の児童書フロア「ナルニア国」で、神宮さんを囲む「アーサー・ランサム愛好家の集い」があったときだ。終始にこやかに穏やかに私たちと語らったあと、差し出したこの一冊に、几帳面なペン字で丁寧にサインしてくださった(
⇒これ)。温厚な笑顔がいつまでも忘れられない。享年八十九の大往生。ご冥福を心からお祈りする。