アルミン・ジョルダンがフェリシティ・ロットと共演したアルバムといえば、大概の方はラヴェルの歌曲集《シェエラザード》とショーソンの《愛と海の詩》を組み合わせた名盤を挙げるだろうが、偏屈者の小生はもっと珍しい、というか、まず耳にしない秘曲ばかり集めた一枚を愛惜している。
これまで誰にもお薦めしたことがないアルバムだが、ちょうどいい機会なのでご紹介しよう。
"Felicity Lott - Armin Jordan / Delage, Jaubert & Chausson: Mélodies"
モーリス・ドラージュ:
《四つのインドの詩》(1914)
■ マドラス/ある美女
■ ラホール /孤独な樅の木(ハイネ詩)
■ ベナレス/仏陀の誕生
■ ジャイプル/そなたが彼女を想うなら
《ラ・フォンテーヌの二つの寓話》(1950)
■ 鴉と狐
■ 蝉と蟻
《ジャングル・ブックの三つの歌》(キップリング詩)(1934)より
■ マクタ(海豹の子守唄)
《呪いを解かれた三つの歌》(ムーラン詩)(年代不詳)
■ ギター
■ 君は通り過ぎる...
■ もし君の心が...
《七つの俳諧》(1924)
■ 古今集の序 (紀貫之/キク・ヤマタ訳)
■ 忘れ草 (素性法師/キク・ヤマタ訳)
■ 雄鶏 (ジョルジュ・サビロン)
■ 亀の子 (片山廣子/キク・ヤマタ訳)
■ 秋の月 (與謝野晶子/キク・ヤマタ訳)
■ そして...(上島鬼貫/クーシュー訳)
■ 夏 (伝 松尾芭蕉/キク・ヤマタ訳)
◇
モーリス・ジョーベール:
《捉える》作品88(1939~40)(シュペルヴィエル詩)
■ 捉えよ、夕べを捉えよ
■ 隠されたこの思い出
■ この顔のつぶらな瞳
■ 顔をわが耳に
《三つのセレナード》(1928)
■ 渡航 (アポリネール詩)
■ ヴィルジニーに (ジャム詩)
■ 歌 (シュペルヴィエル詩)
《エルペノール》作品16 (1927)(ジロドゥ詩)
■ 赤毛のシレーヌの歌
■ 操舵手の歌
《サハラの歌(ツアレグ族の五つの詩)》(1924)
■ おゝ偉大なる神...
■ 過ぎし夜に...
■ 私は空に明けの明星を...
■ 私は慎ましく崇拝する...
■ おゝわが従兄弟よ...
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エルネスト・ショーソン:
《果てしなき歌》作品37(1898)
ソプラノ/フェリシティ・ロット
アルミン・ジョルダン指揮
カンマーアンサンブル・ド・パリ
1994年2月11~13日、12月19~21日、パリ、ラディオ・フランス
Aria Music/ Wotre Music/ fnac 592300 (1995)
ドラージュ《七つの俳諧》⇒
ジョーベール《エルペノール》⇒
ショーソン《果てしない歌》⇒
モーリス・ドラージュとモーリス・ジョーベールという不遇な二人のフランス人の歌曲に、初めて光を当てた劃期的なアルバム。
冒頭のドラージュの代表作《四つのインドの詩》と、末尾に併録されたショーソンの《果てしない歌》を除いては、ほとんど世に知られていない作品ばかりだろう。
モーリス・ドラージュ Maurice Delage(1879~1961)は、若き日にラヴェルやフローラン・シュミットとともに音楽集団「アパッシュ」の仲間として世に出た。1914年にストラヴィンスキーの《三つの日本の抒情詩》、ラヴェルの《三つのステファヌ・マラルメの詩》と同時初演されたドラージュの《四つのインドの詩》で脚光を浴びた(独唱/ジャーヌ・バトリ、アンサンブル指揮/アンゲルブレシュト)。
この室内楽伴奏による異色の歌曲集はほかにマルタ・アンジェリシ、ジャネット・ベイカー、ドーン・アップショー、アンネ・ソフィー・フォン・オッター、サビーヌ・ドヴィエールらが録音しており、ドラージュ作品中で最も広く人口に膾炙している。
それ以降のドラージュの創作活動はいたって地味だが、私たちにとってはやはり室内楽伴奏による歌曲集《七つの俳諧 Sept haï-kaïs》が見逃せない。
これは1920年代にフランスで再燃した「ジャポニスム」の音楽的成果と呼ぶべきものだ。「俳諧(=俳句)」と題されているが、日本の和歌や俳句の仏語訳(なかには仏人の作も混じる)に曲を付けた面白い作品である。芭蕉はともかく、與謝野晶子のような現代短歌による歌もあって興味が尽きない。
ドラージュはパリで薩摩治郎八と昵懇の仲だったため、薩摩の回想にたびたび言及される。のちにソプラノ歌手の古澤淑子とも交流があり、日本と縁が深い作曲家だったことは間違いない。
モーリス・ジョーベール Maurice Jaubert(1900~1940)は戦前のフランス映画音楽を代表する作曲家であり、《巴里祭》《操行ゼロ》《アタラント号》《舞踏会の手帖》《霧の波止場》《北ホテル》《旅路の果て》など彼が音楽を手がけた映画は枚挙に暇がない。
これらと並行して《テッサ》《トロイア戦争は起こらないだろう》などジャン・ジロドゥの芝居の付随音楽でも知られており、本アルバム所収の《エレペノール》はその流れを汲み、ジロドゥの小説から派生した歌曲集である。
ジョーベールは第二次大戦勃発とともに応召し、ほどなく四十歳の若さで戦死した。その早世を惜しんで、フランソワ・トリュフォー監督が好んでジョーベールの既存作品を自作の映画音楽に用いた逸話は、フランス映画好きなら知らぬ者はないだろう。
映画と芝居の音楽以外のジョーベールの作品は聴く機会がほとんどなく、このアルバムは彼の歌曲をまとめて耳にする貴重な機会を与えてくれる。どれも室内楽伴奏を伴った佳作揃いである。
そんなわけで、説明がくだくだしくなったが、本アルバムがいかに稀少な作品ばかり集めた興味深い企てであるか、少しはご了解いただけただろうか。
未知のレパートリーの発掘に努力を惜しまなかったロットとジョルダンには、どんなに感謝してもしきれない。