東京・国立の洋書専門店(むしろ欧米絵本の古本屋というべきか)「銀杏書房(ぎんなんしょぼう)」がこの二月末に閉店したことを知った。「日本の古本屋」で古書を検索していて、この店の出品在庫がなくなっていることに気づいたのだ。
このお店には随分お世話になった。初めて出向いたのは1980年代初め頃ではなかろうか。小さな店内の左奥の棚には欧米の百年前の稀覯絵本がずらり並んでいて、所望すると手に取ることができた。
貧書生にはどれも高価だったが、古い絵本の現物には覆刻版では味わえない手作りの精緻さと凛とした美意識が備わっていて、いったん目にするともう買わずにはいられない。
ウォルター・クレイン、ランドルフ・コールデコット、ブーテ・ド・モンヴェル、ウィリアム・ニコルソン、アンドレ・エレ、「ペール・カストール」絵本、そして1920~30年代のロシア絵本と、当方の嗜好は徐々に時代を下りながら変化していくのだが、そのつど選書指南と稀覯本の入手で、「銀杏書房」店主の高田和女史のお蔭を蒙ったものだ。ここで買い求めた歴史的絵本は優に百冊近いと思う。
今のようにネット経由で世界中の書物が瞬時に手に入る時代ではなかったから、「銀杏書房」の存在はちょうど鎖国下における長崎・出島のようなものだった。1993年に初めて外遊する際も、ロンドンで訪ねるべき絵本の古書店を懇切に教えて貰った。
その後はじかにロンドンやパリに出向いて古書を漁るようになって、国立方面からはとんと足が遠のいてしまったが、2004年に「幻のロシア絵本」展が開催された折りには「銀杏書房」の面々も観にきて下さったと風の便りに聞いた。
近過去にこの店を訪ねたのは、2018年初夏のことだったと思う。たまたま「日本の古本屋」経由でアンドレ・エレの珍しい絵本を注文し、せっかくなので国立まで取りに出かけたのだ。
小生がエレの生涯と作品について寄稿した『ドビュッシーのおもちゃ箱』(学研)という青柳いづみこさんのCDブックが出たばかりだったので、これを持参し、長年お世話になった御礼にと進呈した。結局この訪問が最後の機会になってしまった。
どんな人生にも終わりがあるように、どの古書店もいずれは閉店のときを迎える。「銀杏書房」は1947年創業というから、七十五年の生涯を全うしたことになる。他のどの店とも違う、唯一無二の誇り高い歴史だったと思う。
積年の感謝の意をこめて、お別れの挨拶とする。「銀杏書房」の水先案内なしには、絵本の歴史の大海に漕ぎ出せなかっただろう。