バルビローリが手兵ハレ管弦楽団の本拠地で催した一般向けのポピュラー・コンサートをBBCが一時間番組としてTV中継したものだそうで、映像は消去され失われたが、録音テープが良好な状態で残された(演目中RVWの《グリーンスリーヴズによる幻想曲》のみテープが紛失した由)。
肩の凝らない演奏会ということで、短めのポピュラー名曲を脈絡なく並べた構成をとり、各曲の冒頭にはそれぞれ一分半ほどバルビローリの肉声による解説スピーチが入る。これもたいそう興味深い聴きものである。
だがそれより何より、この演奏会が特筆されるのは、当日の独奏者の一人としてジャクリーヌ・デュ・プレがロンドンから招かれ、《コル・二ドライ》を演奏していることだ。時に芳紀二十歳。
彼女が弾く同曲の録音はほかにもあるが、バルビローリとの共演はこれのみ、しかも1965年9月ということは、あの歴史的なエルガーのチェロ協奏曲の録音セッション(デュ・プレは結果に満足しなかったという)からわずか一か月後の演奏記録なのだ。これに胸を躍らせないほうが余程どうかしている。
さてご紹介する二人目の独奏者はジャクリーヌ・デュ・プレです。ご存じの方もおいででしょうが、私も昔チェリストだった誼(よしみ)で、スッジア賞[若いチェリストの登龍門]の審査員として、修業時代のデュ・プレ嬢がトルトゥリエやパブロ・カザルスのような大チェリストのもとで学ぶ橋渡しをしました。今宵、彼女は古今のチェロ曲における屈指の名作、マックス・ブルッフの《コル・二ドライ》を弾きます。たいそう雄弁な作品で、古いユダヤの聖歌に基づき、曲名もそこに由来します。先ほど私も昔はチェリストだったと申しましたが、この曲にも懐かしい思い出があります。ロンドンの旧クィーンズ・ホール[第二次大戦で焼失した楽堂]でオーケストラと共演したのです。今からちょうど五十年前、当時の私は十五歳でした。ではその曲をこれからデュ・プレ嬢がお聞かせします。
――バルビローリのスピーチの聴き取り訳
❖
このスピーチでもう胸が熱くなるが、続く《コル・二ドライ》の素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。デュ・プレのチェロは最初の一音から朗々と鳴り響き、ブルッフの深い瞑想とロマンを余すところなく表出する。どこにも迷いや逡巡がなく、思いのたけがそっくりそのまま、率直にあやまたず音楽と化した感がある。これが二十歳の新進の演奏だとはちょっと信じがたいほどの円熟ぶり。やはりデュ・プレは二人といない逸材なのだ。
自らも元チェリストとして、《コル・ニドライ》をいわば内側から知り抜いたバルビローリの指揮ぶりも劣らず素晴らしい。デュ・プレを背後から支えつつ、時には独奏に負けないほど濃密に歌わせて彼女を刺激し触発する。全体としてはチェロと管弦楽が申し分なく融和して、この世ならぬ夢見心地へと誘う。稀代の名演とはこのことだろう。
モノーラル収録という点だけが残念だが、細部まで明瞭な音質は、デュ・プレの、そしてバルビローリの至芸を見事に捉えている。
他の曲も演奏の水準は総じて高く、ハレ管弦楽団の技量もなかなかのものだ。こういう多彩なプログラムの一夜を聴くと、バルビローリがいかにヴァ―サタイル(なんでも器用に難なくこなす)で、いかに語り上手な指揮者であるかが歴然とする。一度でいいから生演奏を聴きたかった。