1970年9月30日、「ベルリン芸術週間」の一環として、この晩たいそう珍しい人物がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮台に立った。アメリカの作曲家エロン・コープランドその人である。御年七十歳、すでに押しも押されもしない大御所として米国楽壇の尊敬を一身に集めていた。
カラヤン時代のベルリン・フィルがなぜ米国の大作曲家を指揮者として迎えたのか、この年が戦後二十五年という節目の年に当たったことと関係がありそうだが、その辺の裏事情は詳らかでない。
"Aaron Copland conducts Carter - Ives - Copland"
エリオット・カーター:
《祝日序曲》
チャールズ・アイヴズ:
《デコレーション・デイ(戦歿者追悼記念日)》
エロン・コープランド:
クラリネット協奏曲*
交響曲 第三番
クラリネット/カール・ライスター*
エロン・コープランド指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1970年9月30日、ベルリン、フィルハーモニー大ホール(実況)
Testament SBT 1516 (2018)
クラリネット協奏曲 ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=-c-fDRX4HUk
このアルバムが二年前に出たときは少なからず昂奮した。いやなに、小生はコープランド愛好家でもなんでもないが、このとき演奏されたコープランドのクラリネット協奏曲を高校生の頃、ラジオ放送で息を潜めて聴いた懐かしい記憶があるからなのだ。
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その証拠が手控え帖に残っている。1971年2月28日(日)午後三時。この時間帯にNHK-FMでは海外の音楽祭などのライヴ音源が流されており、当日はたまたま前年秋の「ベルリン芸術週間」が取り上げられた。
1971年2月といえばまさしく受験シーズンたけなわだったはずだが、手控え帖の記述にはラジオ聴取の習慣が途絶えた形跡がない。相も変わらず朝から晩まで、ひたすら音楽、音楽、音楽なのである。しかも受ける志望校はただ一校のみ。それでよく不安にならなかったものだ。よほど自信があったのか、受験を舐めていたのか、浪人を覚悟していたのか。何をどう考えていたのやら、今となってはよくわからない。
メモ帖には丁寧なレタリングで、作曲家の名が原綴でひときわ大きく特筆されている。
Copland[特大文字で]
クラリネット協奏曲 弦楽オーケストラ、ハープとピアノ 1947~48
クラリネット:カール・ライスター
エロン・コープランド指揮 ベルリン・フィル
1970年9月30日、ベルリン・フィル・ホール
生まれて初めて聴く曲だったから、感想はごく簡略なものだ。
第一楽章 ゆっくりと、抒情的に
↓ カデンツァ
第二楽章 明快なひらめき、ラプソディふう
たったこれだけ。でも子供心にも言葉に尽くせぬ感動があったらしく、ちゃんと☆印が添えられている。第一楽章に☆ふたつ、第二楽章に☆ひとつ。
実際それは水際だった演奏だった。三十代前半ながらベルリン・フィルの首席奏者をすでに十年も務める名手カール・ライスターが目覚ましい超絶技巧を惜しみなく披歴し、曲の最後にグリッサンドで下から上へと滑るように駆けあがると、間髪を入れず拍手とブラーヴォが巻き起こる。その喝采ぶりまで今もよく憶えている。
たった一度ラジオで耳にしただけの演奏なのに、今もわが記憶に生々しく刻まれているのは、これをたまたま自宅のオープンリール式のテープレコーダーでエアチェック収録した高校時代の学友、門倉俊夫君(彼はライスターの大ファンで、その熱中ぶりは常軌を逸していた)が後日、そのテープを繰り返し聴かせてくれたからだ。ライスターがいかに凄い技巧と豊かな音楽性を併せ持つ奏者であるかの懇切な講釈つきで。
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本アルバムには当夜の演目のすべてが収録されている。コープランドが自作のみならず同僚のアメリカ人たちの楽曲まで指揮するのが珍しく、たいそう興味をそそりもするのだが、初めから順番に聴いていくのが今日はもどかしく、いきなり三曲目のクラリネット協奏曲からかけてしまう。
ああ・・・としばし言葉に詰まる。まさしく、この音楽、この演奏だ。夢見るように穏やかに開始される第一楽章を聴きながら、「ゆっくりと、抒情的に」と半世紀前と同じ幼稚な言葉を呟いてみる。これはコープランドが書き残した最も美しい音楽ではなかろうか。
ライナーノーツによれば、ライスターがコープランドの協奏曲を吹くのはこの演奏会が初めてだったという。いきなり作曲家自身の指揮で、しかも本拠地のフィルハーモニー大ホールで、ベルリン・フィルの同僚たちの面前で奏するのだから、どんなに誇らしく、どんなに責任重大で緊張したことだろう。
リハーサル時、ライスターはコープランドに向かい、「どうか改めるべき点をなんなりと指摘してください」と申し出たそうだが、作曲家は「君の解釈にはどこも直すべき点はないよ。まさに私の意図したとおりの演奏だ」と絶賛したという。その言葉どおり、淀みのない自在な演奏が繰り広げられる。半世紀前の感動がまざまざと蘇る思いがする。
演奏後、コープランドはライスターが差し出したピアノ伴奏譜の表紙に「この協奏曲を美しく演奏してくれたカール・ライスターに、作曲者の愛情をこめて、エロン・コープランド ベルリン、1970年9月30日」と感謝の意を滲ませて署名した。その写真もブックレットに掲載されている。
それからきっかり五十年の歳月が流れた。ライスターはさすがに現役を引退したが、今も八十三歳で矍鑠と後進の指導にあたっているはずだ。