二十年近くも前の作文であり、文字数の制約と文章力の不足から、お恥ずかしい出来でまことに申し訳ないが、これこそ小生が世に送り出したフローラン・シュミットに関する最初の文章である。だからなんだよと詰問されたら、黙るしかないのだが。
"Schmitt: Intégrale de la Musique pour Voix de Femmes"
フローラン・シュミット:
《六つの合唱曲》作品81
《佳き声で》作品92
《三つの三部合唱曲》作品99
《生き生きした声で》作品131
《五つのルフラン》作品132
レジーヌ・テオドレスコ指揮
カリオープ女声合唱団
ピアノ/マリー=セシル・ミラン
2001年、リヨン、シャルトルー学院
Calliope CAL 9307 (2001)
神田神保町にあった『クラシックプレス』編集部には執筆者用の段ボール箱があり、そこに試聴用の新着CD(すべて輸入盤)がぎっしり。優に百数十点はあったと思う。そのなかから聴いてみたい盤、批評したい盤を早い者勝ちで引き抜いて持ち帰り、自宅で聴いて文章にしたためる。一点あたり文字数は四百字だったか、それを平林(盤鬼)編集長に提出し、採用されると(たしか)二千円の原稿料が貰えたはずだ。
小生にとって音楽にまつわる文章でお金をいただく生まれて初めての機会だったから、えらく張り切って、というより真剣に聴き入り、緊張の面持ちで書いた。なにせ、こちとらは一介の素人愛好家。それが片山杜秀や許 光俊などの錚々たるセンセイ方に伍してわが作文を晒すのだから、緊張しないほうがどうかしている。
そんなわけで、このフローラン・シュミット盤であるが、どなたの食指も伸びなかったのであろう、箱の片隅にポツンと残っていたのを拾い上げた。
聴くまで想像もできないこの種のアルバムこそ、紹介する醍醐味があるわけだが、欧文のライナーノーツや歌詞を読んで予習し、一時間強かけて聴き、半時間ほどで紹介文に仕上げる――つごう二時間の作業で稿料二千円也は決して割のいい作業ではなかったが、この執筆はとにかく得がたい文章修業になった。
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試聴盤は編集部に返却する約束だったから、今も手元にあるこのCDは、気に入って自分用に新たに購入し直したものだ。このディスクをケースから取り出したのは、ひょっとしてそのとき以来だろうか。
もしそうだとすれば約二十年ぶりの再会である。フローラン・シュミットへのわが理解は、あれから少しは深まっただろうか。だといいのだが。今日(2020年9月28日)はこの作曲家の百五十回目の誕生日なのである。