フローラン・シュミットのピアノ曲については、これまでにアラン・ラース(Alain Raës)をはじめ少なからぬピアニストが録音を残しているから、入手しやすい廉価盤だからという理由だけでわざわざ取り上げるには及ぶまい。個々の作品については、もっと鮮烈に個性的な演奏もないではない。
だが、このアルバムには代表作の《影》や《幻影》とともに、きわめて珍しいバレエ音楽《サロメの悲劇》のピアノ版が収録されている。シュミット自身の手になる編曲といい、もちろんこれが世界初録音である。
一般にバレエ音楽にはピアノ編曲版がつきものである。チャイコフスキーとストラヴィンスキーの三大バレエにも、ドビュッシーの《遊戯》にもラヴェルの《ダフニスとクロエ》にもピアノ版が存在し、楽譜も刊行されている。察するに、これは家庭で愉しむ用途のほかに、バレエ公演に先立ってスタジオでの練習用にピアノ伴奏版がどうしても必要になるという実際的な事情が絡んでいるだろう。ダンサーたちはこの版で、幾度となくリハーサルに臨んだのだ。
三十二分強という収録時間から、この《サロメの悲劇》ピアノ版は最初の小編成オーケストラのための原典版ではなく、それを短縮して編成を拡大した組曲版、すなわち世に親しまれている《サロメの悲劇》を編曲したものと知れる。
近代オーケストラの精髄というべき、絢爛豪奢な原作の響きがどこまでピアノで再現できるのか、いささか懐疑的なまま聴き始めたのだが、驚いたことに違和感や物足りなさはほとんど感じない。
もちろん、オーケストラが醸す多彩な千変万化はここにはないが、その代わり本来ピアノに備わった煌びやかな魅惑が過不足なく散りばめられる。ドラクロワやルドンの石版画が油彩画とは別の感動を呼び覚ますのに近いといおうか。
オリジナルのピアノ作品である《影》や《幻影》に続けて聴いても遜色がないのは、シュミットによるピアノ編曲がよほど巧妙なのか、それとも《サロメの悲劇》には本来ピアニスティックな響きが隠されていたと解すべきか。
半ば怖いもの見たさの好奇心で聴き始めたら、思いがけず納得し、堪能し、感動とともに聴き終えた。奏者ヴァンサン・ラルドレはよほどシュミットのピアノ語法に通じているのだろう。そういえば彼には至難の《協奏交響曲》の録音もあったのを思い出した(独Ars)。