大手のレコード会社が合従連衡の果てに軒並み「死に体」同然となり、Adès, Accord, Pierre Verany, Timpani, Valois など志あるフランスの小レーベルがあらかた姿を消した今、フローラン・シュミットの新録音はもはや風前の灯火さながら、消滅しかけている。残念だがそれが現状である。
この嘆かわしい状況にあって、ひとり気を吐いているのが廉価盤の雄 Naxos である。例えばフローラン・シュミットのヴァイオリンとピアノのための楽曲ばかり集めた意欲的なアルバム。天晴れ、よくぞ出してくれたものだ。
"Florent Schmitt: Works for Violin and Piano"
フローラン・シュミット:
《四つの小品》作品25(1901)
■ リート
■ 夜想曲
■ セレナード
■ 舟歌
《スケルツォ・ヴィフ》作品59の2(1913)
《夕べの歌》作品7(1895)
ヴァイオリンとピアノのための組曲《アベセ Habeyssée》作品110(1947)
■ 充分に生き生きと
■ 少し緩慢に
■ 活き活きと
繋がれた二部からなる《自由なソナタ》作品68(1919)
ヴァイオリン/ベアタ・ハルスカ
ピアノ/クラウディオ・シェカン
2014年2月18, 19日、ムードン、ステュディオ・ムードン
Naxos 8.573169 (2015)
《四つの小品》⇒ https://www.youtube.com/watch?v=IJDsB7HqrB8
《スケルツォ・ヴィフ》⇒ https://www.youtube.com/watch?v=MmENE6hZgHY
《夕べの歌》⇒ https://www.youtube.com/watch?v=KJ85iLn1H64
《アベセ》⇒ https://www.youtube.com/watch?v=75GXQcCrsUE
《自由なソナタ》⇒ https://www.youtube.com/watch?v=q-7lmR2mKQY
最初期(二十五歳)から晩年(七十七歳)まで、ヴァイオリンとピアノのための作品で作曲者の人生をほぼ総括する、見事なアンソロジーである。しかも《自由なソナタ》以外はすべて世界初録音。まさに劃期的なアルバムである。まあ言い換えれば、それだけフローラン・シュミットが永いこと等閑視されていた証でもあるのだが。
今も容易に入手できるアルバムだし、全曲がYouTubeで聴けるとなると、俄か勉強のくだくだしい解説はもはや不要だろう。さあ、ぜひお聴きあれ、とだけ言えば充分だろう。
ひとつだけ老婆心から、組曲《アベセ》について註記しておこう。
従来この曲については、"Habeyssée" という異国風の曲名に惑わされて、イスラム起源の物語に想を得た、一連のオリエンタリズムの作品のひとつと考えられてきた。同曲の初録音(オーケストラ伴奏版)のセゲルスタム指揮盤のライナーノーツで「なんらかのイスラム伝説に想を得たもの」と断定され、本盤でも "Most probably inspired by an Islamic legend" と(いささか自信なげに)記される。イーヴ・ユシェール(Yves Hucher)の評伝にもそれに類する記述があったはずだ。
ところがこれは十中八九(というか、ほぼ確実に)誤りなのである。ネット上でいくら検索しても、"Habeyssée" もしくはそれに類した名前の伝説なり人物は捜し出せない。
実のところ、これはフローラン・シュミットが仕掛けた罠であり、三曲からなる組曲だから「A-B-C」、すなわち「アベセ」と呼び習わしただけなのだ! いかにも異国風の綴り字は、彼一流の韜晦趣味の産物にほかなるまい。
論より証拠、そもそもこの曲、ちっとも東方風に聴こえないのだ。