フローラン・シュミットのピアノ五重奏曲をじっくり通して耳にするのは何十年ぶりだろうか。彼の室内楽の最高傑作の呼び声は高いものの、なにしろ一時間近い大曲なので、なんだか畏れ多くて、おいそれと聴く気にならず、敬して遠ざけてきた。要するに苦手な楽曲なのである。
それではならじ、なにしろ生誕百五十年の年なのだから、なんとしても聴かねばならぬと眦(まなじり)を決して取り出したCDは、誉れも高い世界初録音盤。そのLP盤を新譜として手にしたのは、かれこれ四十年近い昔のことだ。
"Florent Schmitt: Quintette Op. 51"
フローラン・シュミット:
ピアノ五重奏曲 ロ短調 作品51
第一楽章 ゆっくり、重々しく――活き活きと
第二楽章 ゆっくりと
第三楽章 活き活きと
ピアノ/ヴェルナー・ベルチ
ベルン四重奏団
ヴァイオリン/アレクサンダー・ファン・ヴェインコープ
ヴァイオリン/クリスティーヌ・ラガ
ヴィオラ/ヘンリク・クラフォールト
チェロ/ヴァルター・グリンマー
1981年8月、トゥーン(スイス)
Accord 220982 (1982)
第一楽章が開始されるとすぐ、フローラン・シュミットが恩師フォーレを出発点としてこの曲を構想したことが明らかになる。基本となるのは感情吐露のロマンティスムだが、あくまでも内省的で、心の襞に分け入るような音楽なのだ。フォーレそっくりといってもいいが、響きはいっそう複雑に深化し、情動の振幅は目覚ましい拡がりをみせる。
ピアニッシモで開始された清楚な曲想が息の長い展開と紆余曲折を経て、強烈な感情の吐露と炸裂に至る。ここまで強靭で激越な表現はフォーレの室内楽にはみられないものだ。最初の楽章だけで二十分を要するが、決して長すぎると感じさせない、巧みな技術で紡がれた重厚かつ練達の音楽である。
続く第二楽章は一転して沈潜する曲想が深い瞑想へと誘う十五分間。ただし、波のように押し寄せる情感の高鳴りもあって、心安んじて聞き流せる緩徐楽章に留まらない。奏者は無論のこと、聴衆にも常に緊張を強いる音楽だ。
そして冒頭からピアノの連打が不穏な感情をかきたてる第三楽章は、間違いなくこの曲のクライマックスである。この楽章も優にニ十分を要するが、一瞬たりとも停滞する瞬間がない。弦とピアノが互いに輻輳し、衝突しながら高みを目指す音楽はちょっと比類のないものだ。しかも随所にハッとするような柔和な美しさも漂わす。ここでも激情の凄まじい奔流が渦巻くが、その背後で音楽が冷静に統御されている感もあり、三十代後半のフローラン・シュミットの書法の円熟を示す。
いやはや、これは息を呑むほどの傑作だ。バレエ音楽《サロメの悲劇》と並行して、フローラン・シュミットはこのような充実した室内楽を書いていたのだ。この曲を献呈された師匠フォーレは、はたしてどう思っただろうか。