つい先日、ベルギーの指揮者パトリック・ダヴァンの訃報が届いた。この9月9日、新作のリハーサル中に心臓麻痺で急逝したのだという。1962年生まれで享年五十八。小生よりもきっかり十歳若い働き盛り。いやはや。
実はその直前、たまたまダヴァン指揮によるフローラン・シュミットのCDに聴き入っていた。よくある偶然と言えばそのとおりだが、それでも不思議な暗合に少なからず驚いた。
パトリック・ダヴァン(Patrick Davin)はリエージュとトゥーロンの音楽院で学び、ブーレーズやエトヴェシュに指揮法を伝授された。現代オペラの指揮に秀で、ベルギー内外の歌劇場で数多くの初演を任されていたといい、2016年には来日して川端康成に基づくクリス・デフォート作曲のオペラ《眠れる美女 House of the Sleeping Beauties》(2008)の日本初演を振ったという。
以上の知見は今やっとウィキペディアから得たもので、不甲斐なくも、小生はこの人について何ひとつ知らなかった。何枚かのCDに長く親しんでいたにもかかわらずだ。無知蒙昧にもほどがある。
小生が聴いていたダヴァン指揮のCDはこれである。
"Patrimoine/ Florent Schmitt: La Tragédie de Salomé"
フローラン・シュミット:
《サロメの悲劇》(二幕七場の黙劇/1907年原典版)
ヴォーカル/マリー=ポール・フェール
パトリック・ダヴァン指揮
ラインラント=ファルツ・フィルハーモニー管弦楽団
1991年12月18, 19日、ルートヴィッヒスハーフェン、ファルツバウ楽堂
Naxos Patrimoine 8.550895 (1993)
第五景(途中)まで ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=X2qI2KF2eE4
続き ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=4MOsIXHglIE
フランスNaxos が1990年代に出していた "Patrimoine" なるシリーズの一枚。訳すと「受け継いだ資産、共有財産」ほどの意味だろうか。フランス近代の知られざる管弦楽作品を発掘するのが目的で、ラボー、ロパルツ、ケックラン、ロジェ=デュカス、ロザンタールなど、作曲家別に十数枚は出たと思う。
ただし、わが国ではとんと見かけず、同内容だが装丁の劣悪なMarco Polo盤でしか入手できなかった。本盤はたまたま仕事でパリを訪れた際にFnacの大型店舗で見つけたものだ。爾来、折りに触れて大事に聴いてきた。
❖
すでに何度か記したように、今日われわれが耳にする《サロメの悲劇》はオリジナル版ではない。ポール・パレー盤の拙ライナーノーツから引くと、事の次第の概略はこうだ。
「1907年、パリのテアトル・デ・ザール(芸術座)での女性舞踊家ロイ・フラーの公演のため、劇場の小編成管弦楽(奏者20名)用に短期間で書かれた。[...]1910年、シュミットは全体を約半分に縮め、大編成の管弦楽用に編曲した交響組曲版を仕上げており、その後の舞台上演は、ディアギレフのバレエ・リュス公演(1913)を含め、すべてこの版に拠っている」。
ピエロ・コッポラ指揮による初録音(1929)、作曲者がタクトをとった自作自演盤(1930)に始まり、ヤニック・ネゼ=セガンやヤン=パスカル・トルトゥリエが指揮した演奏(ともに2010)に至るまで、実況録音を含めれば手元に二十近くの録音があるが、そのほぼすべてが「大編成の管弦楽用に編曲した交響組曲版」(1910)ばかり。
このバレエが最初に踊られたオリジナル版(1907)が聴けるのは、このパトリック・ダヴァン盤ただ一つなのである。値千金と称すべき演奏だろう。
バレエ音楽に限らず、芝居の付随音楽も含めた舞台音楽とは一種の「機会芸術」であり、オーケストラ編成は劇場のピットの大きさ、劇団の予算規模など、さまざまな制約を受ける。すぐに思い出されるのはビゼーの《アルルの女》、フォーレの《ペレアスとメリザンド》の例である。これらの劇音楽も初演時には小編成で作曲され、のちに通常の大編成オーケストラ用に書き改められて人口に膾炙したものだ。事程左様に「当初の響き」を追体験するのは至難の業なのである。
❖
1907年の「原典版」《サロメの悲劇》は全二幕七景からなり、次のような場面から構成される。(以下の粗筋はかなり大雑把なもの。)
前奏曲~第一景
日が昇り、洗礼者ヨハネが露台に姿を見せる。後宮に不穏な雰囲気が漂う。
第二景
眩い光が場面を照らし、宝物箱の宝石が煌めく。「真珠の踊り」。
第三景
ヘロデ王が玉座に坐し、王妃ヘロデヤが脇に控える。女たちが酒杯を運んでくる。「孔雀の踊り」。
第四景
女たちが退場。ヘロデヤとヨハネの論争の黙劇。二匹の蛇が現れるが、サロメの手で退治される。「蛇の踊り」。ここまでが第一幕。
第五景
闇に沈むヘロデ王。様子を覗うヘロデヤ。背景の海は大荒れ。サロメが再び登場。「海の魅惑」「鋼鉄の踊り」「アイサの歌」。
第六景
サロメの踊り。サロメはヴェールを脱ぎ裸身を見せるが、ヨハネが進み出て衣を着せかける。怒ったヘロデ王はヨハネの処刑を命じる。刑吏は斬られたヨハネの首を皿に載せる。露台のサロメは赤く染まった海を指さして気を失う。
第七景
サロメが我に返ると、ヨハネの首の幻影が見え隠れする。「恐怖の踊り」。大嵐が起こり、木々はなぎ倒され、稲妻が光り、サロメはその場にくずおれる。
❖
この筋立てなのでバレエ全曲は一時間ほどを要する(本CDだと五十九分)。ここから三十分弱を抜粋したのが交響組曲版であり、両者の関係は《火の鳥》全曲と組曲のそれに類似している。ただし、《サロメの悲劇》の場合は「組曲版」のほうも別個にバレエ化され、むしろそちらがレパートリーとして定着した点が異なる。オリジナル版は再演されず、その音楽も未出版のまま埋もれてしまった。本CDの存在意義が絶大であるゆえんである。
一時間の音楽は確かに長丁場だが、「真珠の踊り」「海の魅惑」「恐怖の踊り」など、組曲版で馴染の音楽がほうぼう出てくるので退屈しない。
それにしても驚くのは、フローラン・シュミットの管弦楽法の練達ぶりだ。二十人の小編成で、これだけ精緻で豊饒な響きが出せるものかと舌を巻く。
この録音では弦楽器奏者を多少増員しているかもしれないが、それでも組曲版より二回りは小さい編成だろう。フル・オーケストラに全く引けを取らない鮮やかな色彩感と喚起力には目を瞠るばかりである。