じりじり焼けつくような陽射しを避け、冷房のよく効いた部屋でドビュッシーのピアノ曲を聴く。これに優る銷夏法はまたとあるまい。今日はもう買物にも出ず、終日ここに留まるつもりだ。
二年前の2018年、ドビュッシー歿後百年を期して、わが国では青柳いづみこさんが注目すべき記念アルバム《クロード・ドビュッシーの墓》を上梓したが、それに少し遅れてニューヨークで制作されたのがこのCDだ。
青柳さんがさまざまな作曲家によるドビュッシー追悼曲とオマージュ作品ばかり丹念に集めたのに対し、こちらはドビュッシーの自作ピアノ曲と追悼曲(フローラン・シュミット、デュカ、ファリャの三曲。青柳アルバムにも収録)をこき混ぜて配列している。こちらの趣向もなかなか面白い。
サンドロ・ルッソ(Sandro Russo)はイタリア生まれ、パレルモのベッリーニ音楽院とロンドン王立音楽院に学び、2000年からは米国を拠点とするピアニスト。このアルバムで聴く限り、どの曲も大過なくこなすものの、タッチがやや硬い憾みがあり、際だった個性的な解釈は見られない。ほかにスカルラッティとラフマニノフのアルバムがあるそうだ。
上述したように、本アルバムではドビュッシー作品と追悼作品とが取り混ぜて構成される。ただし真正なドビュッシーのピアノ曲は二組の《映像》のみで、《牧神》や《祭》のような管弦楽曲のピアノ版、《リンダラハ》のように二台ピアノ用作品からの編曲、さらには歌曲からの編曲まで含まれ、なかには初めて耳にするヴァージョンもある。ただし、編曲には巧拙があって、ちょっと感心しないものも含まれる。やはりオリジナル作品とは比較にならない。
そんなわけで、周到な準備を経て編まれた青柳さんのアルバムには演奏も選曲も遠く及ばない内容だが、とにかく記念年にこれを出したことに意義がある。なにしろ大手のレコード会社はどこも気息奄々、記念すべきドビュッシー年に旧録音のアンソロジーでお茶を濁したのに較べれば天晴れというべきか。
ジャケットを飾るのはクロード・モネの《セーヌ河の朝》(1898)。
ドビュッシーのアルバムに印象派絵画とはいかにもありがちな、旧態依然たる趣向だが、この絵、どうも見憶えがあるぞ、と思ったら、なんと上野の国立西洋美術館のコレクションなのだ。ただし、松方コレクション由来の作品ではなく、芦屋の三村起一なる住友系の実業家の旧蔵品なのだとか。この絵がアルバム・カヴァーに用いられるのは初めてであろう。
https://collection.nmwa.go.jp/P.1965-0004.html