ラトヴィアのメゾソプラノ歌手がドイツの首都でエルガーを歌う。こんな時代がやって来ると誰が予想しただろうか。《海の絵》が英国の歌手の独擅場だった往時とはなんという違いだろう。しかも、ここで聴けるのは包容力たっぷり、優しく深々と語りかける素晴らしい声だ。
バレンボイムは1976年にイヴォンヌ・ミントン独唱でこの歌曲集を録音したことがあり、実に四十三年ぶりの再録音になる。構えの大きな悠然たる音楽を設計しながら、力みや無理を感じさせない円熟の指揮ぶりだ。終曲「泳ぐ人」では遅めのテンポで、ためをたっぷり作りつつ、いささかも作為的にならないのはさすがというべきか。ちなみに、ベルリンに限らず、独墺圏のオーケストラがこの歌曲集を録音した例はこれまで皆無だった。
架蔵するディスクを時系列で順番に数えてみると、本盤はちょうど五十番目の《海の絵》(全曲録音では四十二番目)になろうか。英語のディクションにほんのわずか違和感があるものの、綺羅星のごとき歴代の《海の絵》音源に伍して、これは優に五指に入る名唱ではなかろうか。
⇒《海の絵》ディスコグラフィ