先日のこと、サロン・コンサート「カフコンス」の主宰者である川北祥子さんから稀少な音源をコピーしたCDを頂戴した。彼女らが結成した演奏グループ「ストラヴィンスキーアンサンブル」が1993年夏に東京で催したラヴェルの歌劇《子供と魔法》舞台上演の実況録音である。
stravinsky ensemble 第2回公演
1993年8月26日
日暮里サニーホール
主催/ストラヴィンスキーアンサンブル・ACC(財)荒川区地域振興公社
共催/荒川区
《子供と魔法》(二部からなる抒情的幻想劇)
作曲/モーリス・ラヴェル
台本/ガブリエル・コレット
スタッフ
演出・振付/小川こういち
美術/岩月真由子
照明/滝山浩二
舞台監督/小山嘉文
演出助手・朗読/佐藤幾美
舞台監督助手/田村 円
衣装助手/滝沢しのぶ
キャスト
子供/砂畑直子
母親・羊飼の少年/小川明子
安楽椅子・りす/泉地香子
肘掛椅子・木/鎌田直純(特別出演)
時計・雄猫/吉川誠二
カップ/浦野妙子
ポット・かえる/二渡唯次
火・うぐいす/柳沢亜紀
羊飼の少女・子りす/川田亜希子
お姫さま/米田賀津子
算術老人/岡本泰寛
雌猫/戸畑リオ
とんぼ/神田 彩
こうもり/石橋香緒里
ふくろう/須賀愛子
椅子の合唱・かえるの合唱・動物の合唱/
阿部早希子、喜谷麻衣子、田中詩乃、吉田奈巳子、泉 寛子
羊飼の合唱・樹木の合唱・かえるの合唱・動物の合唱/
稲田昭徳、遠藤桂一郎、高田正人、渥美史生、安蔵 博、川野名康夫、桧山宗夫
羊飼の合唱・数字の合唱/
Voce del Cuore ヴォーチェ・デル・クオーレ(友情出演)
浅見七恵、浅見八重、新井喜代美、石川和子、岡部洋子、小川明子、小川廸子、潟田礼子、川田亜希子、小島栄子、須賀愛子、丹羽朋美、野口喜美子、野口正江、町野幸子、三友里美、山内千紗子、菱沼洋子
指揮/鈴木織衛
フルート/田中典子
オーボエ/和久井仁
クラリネット/大成雅志
チェロ/船田裕子
ピアノ・編曲/川北祥子
正直なところ、このCDを聴くのはいささかためらわれた。東京藝術大学の在学生を中心とするとはいえ、十代・二十代のアマチュアたちがどこまでラヴェルの精緻な音楽に迫れるのか覚束なく、正直なところ「怖いものみたさ」の心境で恐る恐るディスクを聴き始めた。
ところがどうだ、これが予想に反して、実に素敵な演奏なのにびっくり仰天した。
なによりもまず、大編成のオーケストラをフルート・オーボエ・クラリネット・チェロ・ピアノの五重奏版に移し替えた川北さんによる編曲がとても巧妙にできていて、ラヴェルの管弦楽法の妙味を巧みに掬い上げ、違和感や物足りなさをちっとも感じさせない。これはちょっと驚くべきことではないか。目覚ましい編曲術とはこのことだ。
これまで小生は東京都交響楽団やNHK交響楽団で演奏会形式の《子供と魔法》の実演に触れるたびに、舞台一杯に居並ぶ百人の楽団員を眼にして、「こんなにも大編成の音楽だったのか!」とそのつど驚かされた。レコードで音だけ聴いていると、ラヴェルの音楽はあたかも精妙な室内楽のように聴こえるからだ。
今ようやく了解したのだが、このオペラのオーケストレーションの実態は、大部分が精妙な室内アンサンブルからできていて、ユニゾンの大音響はほんのわずか。だから五重奏だけでも、その味わいが十二分に醸し出せる。やっと真相がわかった気がした。
出演した歌手たちもみな健闘している。子供役がとてもいいし、安楽椅子も肘掛椅子もティーポットもティーカップも目覚まし時計も暖炉の火も、それから庭の小動物たちも、それぞれ役どころを大過なくこなしている。もちろん、ライヴ収録ゆえ細かい部分に傷がないではないが、なにしろ演技しながらの歌唱なのだから、天晴れというほかない。実際の舞台はさぞかし魅力的だったことだろう。当時この企てを知らず、千載一遇の機会を逃したのが残念でならない。
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時系列でディスコグラフィを振り返ると、この実演(1993年8月26日)は、シャルル・デュトワ指揮による正規録音(1992年10月14、15日、モントリオール)と、アンドレ・プレヴィン指揮による再録音(1997年6月、ロンドン、アビー・ロード、第一スタジオ)の中間に位置する。
⇒《子供と魔法》ディスコグラフィ小生が所蔵する二十種類の音盤のうち、十一番目と十二番目の間に空いた五年の空隙をちょうど埋める演奏ということになろう。日本人による録音としては、小澤征爾指揮のサイトウ・キネン・オーケストラによる実況録音(2013年8月23、25、28、31日、松本)に先立つこときっかりニ十年。音盤に刻まれた日本初の全曲録音である。小澤盤の歌手たちがことごとく西洋人ばかりなのに鑑みると、この演奏は今でも日本人による唯一の《子供と魔法》と称してもよかろう。正式発売してもおかしくない、歴史に残すべき音源である。