イェフディ・メニューインが指揮活動にも力を注いだ事実はよく知られている。1950~60年代にバースで音楽祭を主宰して、臨時編成のオーケストラを率いたのを皮切りに、晩年は英国やポーランドで盛んに指揮した。わが国にも1987年と1992年に指揮者として来日し、新日本フィルを振ったというから、実演を耳にした方もおられよう(小生は聴き逃した)。
とはいうものの、古くは彼の師匠でもあるジョルジェ・エネスク、より近くはダヴィッド・オイストラフやムスチスラフ・ロストロポーヴィチの場合と同様、功成り名遂げた弦楽器奏者の余技と見做されがちだったのは否めない。
Virgin Classics にはそのメニューインが指揮したアルバムが(たぶん)七枚あったはずで、そのうち三枚はエドワード・エルガーの音楽で占められる。今日はそのなかから代表作を聴く。
"Elgar: Symphony No.1 / RPO -- Sir Yehudi Menuhin"
エルガー:
交響曲 第一番
サー・イェフディ・メニューイン指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
1988年8月、ロンドン、アビー・ロード第一スタジオ
Virgin Classics VC 7 90773-2 (1989)
誰もが知るとおり、メニューインは神童時代、エルガーのヴァイオリン協奏曲を老作曲家の指揮で録音している。1932年6月、弱冠十六歳のときだ。爾来メニューインは同曲をレパートリーとし、1965年12月にサー・エイドリアン・ボールト指揮で再録音を果たしている。
指揮者としてはエルガーの二曲の交響曲、《エニグマ》変奏曲、《序奏とアレグロ》や《セレナード》を得意とし、若い独奏者と組んでヴァイオリン協奏曲やチェロ協奏曲を指揮することも好んだ。これらはすべて音盤にも刻まれており、ボールト卿やバルビローリ卿と並んで、メニューインもまたエルガーの使徒のひとりと呼ぶことができそうだ。
英国人がそう信じたがるようにエルガーの交響曲がベートーヴェンやブラームスに比肩できるとまでは思わないが、それでも最上の演奏を耳にすれば、胸が熱くなるような感銘がもたらされる。
メニューインが指揮する《第一》を、老練なバルビローリ盤や崇高なボールト盤(とりわけライヴ収録)と並ぶ名演と呼んだら過褒になろうが、推奨に値する高水準の演奏であることは間違いない。
なによりもフレージングが柔軟かつ自然で、無理な力で押し切るところが少しもない。どちらかというと速めのテンポで終始するが、拙速に陥ることなく、細部への目配りも申し分ない。メニューインはよほどスコアを読み込んだのだろう、周到な解釈は作曲家直伝と呼びたくなる。
メニューインは在京楽団のうちでロイヤル・フィルとの結びつきがことのほか緊密で、当セッション当時はこのオーケストラの総裁(President)と准指揮者(Associate Conductor)を兼務していた。蜜月関係にあった両者が会心のエルガー録音を後世に残すことができたのを心から慶びたい。