「隠れた名盤」――はなはだ言い古された表現だが、その塵や埃を払ってでも、あえてこのアルバムをそう推奨したい。今や誰ひとり顧みる者がいないが、これはまさしく隠れた名盤なのだ、と。
英国の腕利き中堅指揮者が手兵であるロンドンの小編成オーケストラを率いてフランス近代音楽の名品に挑む――レコード会社の宣伝部が当アルバムの惹句を捻りだそうとしても、大した妙案は浮かばないだろう。そして聴かないうちから誰もが予想する。所詮イギリス勢には無理なのだ、やはり餅は餅屋、フランス音楽のエスプリは本国人たちに任せておけ、と。
ところがどうだ、あらゆる偏見や先入主を撥ねのけて、本アルバムはフランス近代音楽の精髄を目覚ましいほどに体現しているのだ。
まさか嘘だろうと疑われる向きは、ここにいくつかサンプルを抽出するから、どうか試しにお聴きいただきたい。
ビゼー(第一楽章)
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=J1cIFMSD528
フォーレ
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=b_7AD5X7FZ8
ラヴェル(前奏曲)
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=Q48W9LO2l3s
イベール(第一曲)
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=9Ex8om-zrXM
鋭敏で公平な耳をもつ者なら勘づくだろう、これらはひょっとして稀代の名演ではなかろうかと。
ビゼーの交響曲の第一楽章からおわかりのように、たいそうバランス感覚に優れ、弾むようなリズムと明確なアーティキュレーションを兼ね備えた秀演である。これほどまで弾力性に富み、瑞々しく自発的な演奏は、フランスの指揮者と楽団でも容易になし得ないのではないか?
フォーレの《パヴァーヌ》での凛とした気品、抑制のきいた佇まいはどうだ。珠玉の名品だとはいえ、ここまで味わい深い演奏は滅多に聴けないと思う。
ラヴェルの《クープランの墓》では、木管楽器の音色が些かニュートラルで、フランス風の官能的な色彩や閃きに乏しいものの、菅と弦との響きのバランスは綿密だし、楽器から楽器への受け渡しが絶妙。溜息をつきながら聴き惚れてしまう。やってくれるぢゃないか、英国勢の音楽家たちは!
そして殿(しんがり)はイベールの《ディヴェルティスマン》。底抜けに楽しく、野放図なまでに弾んだ「おふざけ音楽」の装いの下に、ウィッティな諧謔精神がここまで精妙に、ここまで自在に表出されるとは! 永年この曲の規範と見做されてきたジャン・マルティノン&パリ音楽院管弦楽団の名演(Decca)の牙城に迫る演奏である。
経歴のうえでフランスとの接点が見当たらず、ひたすら英国音楽の使徒として邁進したかにみえるリチャード・ヒコックスに、ここまで近代フランス音楽との親和性が育まれたのか。大いなる謎というほかないが、とにかくここには本物の「フランス音楽のエスプリ」がある。