ベンジャミン・ブリテンの名を初めて知ったのはいつのことだったか。中学の音楽の教科書に《青少年のための管弦楽入門》が鑑賞曲として載っていたのは確かだが、それより少し前に《四つの海の間奏曲》を耳にしていたかもしれない。ただし聴き知ったのは、ほんの一部分だけだが。
なんという番組名かは忘れたが、土曜日の深夜、クラシカル音楽のラジオ番組があって、そのテーマ曲が《四つの海の間奏曲》の第二曲「日曜の朝 Sunday Morning」だったのである。1960年代の後半、有坂愛彦さんが案内役だったような気がする。だとすれば彼が務めていた文化放送の番組なのか。
土曜の夜更け=日曜の朝、という単純な理屈からの選曲だと、有坂さん自身が番組で明かしていたと記憶する。ほどなく番組は日曜の深夜に移動するが、テーマ曲は変わらず用いられたから、否応なく耳に馴染んだのだ。
今日という特別な日曜の朝、その《四つの海の間奏曲》を聴きたくなった。言うまでもなく、ブリテンの出世作であるオペラ《ピーター・グライムズ》(1944~45)から各幕の間奏曲だけ抜粋した管弦楽組曲である。
"Britten: Sinfonia da Requiem etc.-- RLPO/ Libor Pešek"
ブリテン:
シンフォニア・ダ・レクイエム
《四つの海の間奏曲とパッサカリア》~歌劇《ピーター・グライムズ》
《青少年のための管弦楽入門(パーセルの主題による変奏曲とフーガ)》
リボル・ペシェク指揮
ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
1989年1月、リヴァプール、フィルハーモニック・ホール
Virgin Classics VC 7 90834-2 (1990)
四つの海の間奏曲:
夜明け⇒ https://www.youtube.com/watch?v=ToFtc6qyRbM
日曜の朝⇒ https://www.youtube.com/watch?v=a0hmXGz-BDQ
月光⇒ https://www.youtube.com/watch?v=LSRCHZKCESw
嵐⇒ https://www.youtube.com/watch?v=QBiQo-OsqNg
聴き馴染んだ《四つの海の間奏曲》作品33aに、同じくオペラから派生した《パッサカリア》作品33bを四曲目に組み込んで、全五曲の組曲として演奏する趣向は(少なくとも録音当時には)珍しかったのではないか。
しかも当アルバムでは《ピーター・グライムズ》に先駆ける《鎮魂交響曲》と、その直後に書かれた教育映画《オーケストラの楽器》用の《青少年のための管弦楽入門》(作品番号ではオペラに続く34だ)を時系列に並べ、戦時下のブリテンの進捗ぶりを辿る。なかなかに周到な選曲といえよう。
小生は《鎮魂交響曲》が大の苦手である。紀元二千六百年奉祝曲というのも禍々しいし、祝典にレクイエムを送ってよこすブリテンの不見識にも呆れてしまう。だが、そうした事情すべてを括弧に入れ、虚心にこのペシェク指揮の演奏で聴くと、それなりによく書けた、いやむしろ随所に霊感すら感じさせる佳作なのだと初めて知った。
たまたま当時リヴァプールの楽団のシェフだったチェコの指揮者がブリテンのアルバムに挑むという趣向だが、違和感はどこにも感じられず、むしろ周到な譜読みとバランス感覚のよさ、隙のないオーケストラの統率が際立つ。ほとんど知らない人だが、よほど耳の良い指揮者なのだろう。
考えてみると、英国オーケストラの常任となった東欧圏の指揮者は、シルヴェストリもロジェストヴェンスキーもビェロフラーヴェクも、積極的に英国音楽と取り組んでおり、ペシェクもまた例外ではなかったというわけだ。思えば、ペシェクの師匠カレル・アンチェルも自国でブリテンをレパートリーに含めていた。
別の言い方をするならば、ブリテンの音楽はそれだけ国際的な範疇に入ったということなのだろう。偉大(グレイト)なる哉ブリテン卿!