長期戦を覚悟して、じっと自宅に謹慎鎮座している。隠居老人にそれよりほか策はなさそうだ。外出は厳に慎み、朝の散策と食材の買い出しのみ。あとはひたすら音楽を聴く。幸い音源は手元に売るほどある。
今後しばらく、今はなき英国 Virgin Classics レーベルのアルバムに耳を傾けることにする。1980年代末から90年代初頭、CDメディアが音楽文化の最先端だった時代を遥かに懐かしみつつ。
先陣を切るのはオネゲルである。
"Honegger: Symphonies 2 & 4 : Jesus López-Cobos"
オネゲル:
《夏の牧歌》
交響曲 第二番
《前奏曲、アリオーゾとフゲッタ》
交響曲 第四番《バジリアの喜び》
ヘスス・ロペス=コボス指揮
ローザンヌ室内管弦楽団
1990年8~9月、ラ・グランジュ、ローザンヌ大学
Virgin Classics VC 7 91486-2 (1992)
夏の牧歌⇒ https://www.youtube.com/watch?v=ig8bW0Ms1qk
第二交響曲⇒
https://www.youtube.com/watch?v=_apAYqyWfpA
https://www.youtube.com/watch?v=wjkApb6lgTA
https://www.youtube.com/watch?v=nH-HY8TDus8
かつて話題になる機会はほとんどなかったと思うが、これは驚くほどの名演である。冒頭の《夏の牧歌》のどこまでも透徹した、それでいて平明で心なごむ安堵感はどうだ。あまたある古今の録音を押しのけて、この曲の最上の演奏なのではあるまいか。長く架蔵しながら、今の今まで迂闊にも気づかなかった。宝の持ち腐れとはこのことだ!
続く第二交響曲は普通だったら穏健で月並な演奏、と片付けてしまったかもしれないが、今は違う。シャルル・ミュンシュのような激越な切迫感や、ジャン=フランソワ・パイヤールやジョルジュ・オクトールのような先鋭な響きはなく、ちょっと聴くと物足りなくも思われようが、冷静なバランス感覚が全曲を統御し、どの楽章も細部への目配りが尋常でない。ちっともヒステリックに前のめりにならず、あくまでも平常心が保たれる。それでいて仄かな昂揚感を醸し出すロペス=コボスの読譜の深さは只者でない。今のような非常時にこそ胸に沁み入る音楽であり演奏である。
本アルバムは選曲がことのほか秀逸だ。《パシフィック2・3・1》のような動的な音楽は回避されて、後半にはBACH主題による渋く構成的な楽曲が配され、オネゲルの根幹をなす古典性が強調されたのち、戦後の《バジリア》交響曲の安寧な和らぎの世界へと回帰し、《夏の牧歌》が遥かに偲ばれて静かに円環が閉じる。見事というほかないオネゲルの生涯へのオマージュである。
前奏曲、アリオーゾとフゲッタ⇒
https://www.youtube.com/watch?v=sjzc9v_dngg
https://www.youtube.com/watch?v=mBH_iFUgzd8
https://www.youtube.com/watch?v=OlEQJyuLAzI
第四交響曲⇒
https://www.youtube.com/watch?v=hHg6j-9mBLk
https://www.youtube.com/watch?v=QVL_uy2SECk
https://www.youtube.com/watch?v=8wtdQ_tXpgk
スペイン人のロペス=コボスに何故ここまで深いオネゲル理解が育まれたのか、その理由は見当もつかないが、とまれこの時期、彼がローザンヌの室内楽団のシェフだった天の配剤に感謝するほかない。
ロペス=コボスには他にオネゲル録音は存在せず、Virgin でのセッションも本盤のほかはリヒャルト・シュトラウスがあるだけ。ともあれ端倪すべからざる名匠だったことは間違いあるまい。