「辛い話は観たくないから」と家人にすげなく断られ、仕方なくひとりで近所の映画館に赴いて《ジュディ 虹の彼方に Judy》を観た。
薬物依存で映画界を追われた往時のミュージカル女優が糊口を凌ぐため歌手としてロンドンのナイトクラブへ最後の巡業に赴く。実話に基づく結末が読める映画なので、特段に辛くも悲しくもない。
語り口も英国映画らしく地味で淡々として、徒らに感動の涙を強要する行き方を排し、むしろ彼女の末路を冷静に見つめ、きめこまやかに描く。世話係の若い女性、熱心なファンの同性愛者カップルなど、ジュディを取り巻く脇役がなかなかいい。
随所に差し挟まれる回想シーン(その多くが出世作《オズの魔法使》に因む)は、ジュディの薬物依存が撮影所での少女時代に始まることを明かし、その後の全人生を蝕む顛末を示唆する。もはや誰も彼女を救い出せないのだ。
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新聞に載ったジュディ・ガーランドの訃報記事を憶えている。1969年、高校二年のときだ。だが哀しいかな、なんの感慨も催さなかった。その時点で彼女の出演作は《オズの魔法使》すら観ていなかったのだから当然だ。
時は流れて1980年代、映画館で《踊る海賊》と《イースター・パレード》を、シネクラブ上映で《ガール・クレイジー》や《若草の頃》や《サマーストック》を観るに至って、遅蒔きながらジュディの偉大さを理解した。それまでは「ライザ・ミネリのお母さん」でしかなかったのだ。
ある日のこと、渋谷駅前にあった映画専門のレコード店「すみや」で奇妙なLPを見つけた。ジュディ・ガーランドが歌った《アニーよ銃をとれ》のサントラ盤だという。周知のとおり、彼女はこの映画の撮影が始まるとすぐ降板を余儀なくされ、主役はベティ・ハットンに変更された。だがミュージカル映画の定石どおり、歌の部分は撮影前にすべて録音済だったので、全曲のサウンドトラックが残されたのだという。
このLP(米Sandy Hook)は素性の怪しい海賊盤ながら、当時の彼女がいかに心身を蝕まれ、出演不能に追い込まれたか、事の次第がライナーノーツに詳しく記されていて、当時の小生には値千金だった。ジュディがどのようにハリウッドを追われたのか、その経緯のあらましを初めて知った。
ほどなく《ザッツ・エンターテインメント Part 3》で、ジュディ主演《アニーよ銃をとれ》で辛うじて撮影された二場面が初公開され、やがて正規CD(米Rhino)で全サウンドトラックが綺麗な音で聴けるようになった。この見事な歌でジュディが演じ歌うアニー・オークリーをなんとしても観たかった。