北欧音楽に疎い小生にも、デンマークやノルウェーと僅かばかり接点がある。フレデリック・ディーリアスの楽曲である。グリーグに私淑して親交を結び、画家のムンクとも親しかった彼は、北欧の国々を足繁く訪ねるとともに、かの地の文学作品に基づくオペラや歌曲を数多く手がけているからだ。
とはいえ言語の障壁はやはり大きく、耳に馴染むにはなかなか至らぬまま今日に至っている。
展覧会「ハマスホイとデンマーク絵画」の展示室を巡っていて、一枚の絵に目が釘付けになった。
ピーザ・シヴェリーン・クロイア Peder Severin Krøyer(1851~1909)なるデンマーク画家の《スケーイン南海岸の夏の夕べ、アナ・アンガとマリーイ・クロイア》(1893 →これ)という作品である。
この絵にはたしかに見覚えがあった。架蔵するディーリアス歌曲集のCDカヴァーで目にした記憶が不意に蘇ってきたのである。
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"Delius Songs: Yvonne Kenny -- Piers Lane"
フレデリック・ディーリアス:
《七つのノルウェーの歌》
■ 薄暮の幻想 (ビョルンスティエルネ・ビョルンソン詩)
■ 若きヴェネヴィル (ビョルンスティエルネ・ビョルンソン詩)
■ 隠された愛 (ビョルンスティエルネ・ビョルンソン詩)
■ 吟遊詩人 (ヘンリク・イプセン詩)
■ 小鳥の物語 (ヘンリク・イプセン詩)
■ 揺籠の歌 (ヘンリク・イプセン詩)
■ 家路 (オスムン・ヴィニエ詩)
後宮の庭園で ~《七つのデンマークの歌》(イェンス・ピーダ・ヤコプスン詩)
イルメリンの薔薇 ~《七つのデンマークの歌》(イェンス・ピーダ・ヤコプスン詩)
わが心にも雨が降る (ヴェルレーヌ詩)
空は屋根の上にある (ヴェルレーヌ詩)
白い月 (ヴェルレーヌ詩)
秋の歌 (ヴェルレーヌ詩)
夏の夕べ ~《五つのノルウェーの歌》(ヨーン・オラーフ・パウルセン詩)
憧れ ~《五つのノルウェーの歌》(テオドール・シェルルフ詩)
日没 ~《五つのノルウェーの歌》(アンドレアス・ムンク詩)
夜鶯は黄金の竪琴をもつ (ウィリアム・アーネスト・ヘンリー詩)
イ=ブラジル (フィオナ・マクラウド詩)
夏の風景 (ホルガ・ドラクマン詩)
急げ、わが馬 (エマヌエル・ガイベル詩)
わが歌はそなたの目から流るる(ハイネ詩)
彼女はかくも白く、柔らかく、甘い ~《四つの古い英国抒情詩》(ベン・ジョンソン詩)
水仙に捧ぐ ~《四つの古い英国抒情詩》(ロバート・へリック詩)
愛の哲学 ~《三つのシェリーの歌》(パーシー・ビッシュ・シェリー詩)
夏の夜 ~《七つのデンマークの歌》(ホルガ・ドラクマン詩)
ソプラノ/イヴォンヌ・ケニー
ピアノ/ピアーズ・レイン
2006年5月15~17日、ロンドン、イースト・フィンチリー、オール・セインツ・チャーチ
Hyperion CDA67594 (2007) →これ
ドイツ人の両親のもと英国に生まれたフリッツ・ディーリアス(のちフレデリックと改名)は、家業の羊毛紡績業のセールスでドイツ、フランス、ノルウェーに派遣され、米国フロリダでオレンジ農園を営んだのち、ライプツィヒで音楽を学び、北欧に赴いて芸術家たちと親交を結んだ。その後はパリでもっぱら美術家と交遊し、ドイツ人画家と結婚して郊外の芸術家村グレ=シュル=ロワンを終の棲家とした。絵に描いたようなコズモポリタン人生である。
そうした波乱に満ちた遍歴を反映して、ディーリアスの声楽作品は自ずと多国籍のポリグロット性をもつ。テクストは英・仏・独はもちろん、ノルウェー語(イプセン、ビョルンソン)、デンマーク語(ヤコプスン、ドラクマン)まで包含する。まことに歌手泣かせ、鑑賞者泣かせなのだ。
ただし、このCDを聴くのに心配はご無用。なにしろ北欧詩による歌曲は(ノルウェー語はピーター・ピアーズら、デンマーク語は作曲者自身の手で)すべて英訳され、英国歌曲として歌われている。仏語歌曲や独語歌曲も英語との歌詞対訳がブックレットに載っているから安心だ。
こうしてすべて歌詞が辿れるうえ、オーストラリアの名花イヴォンヌ・ケニーの丁寧な歌唱は、ディーリアス歌曲へのこのうえない導きとなってくれる。ピアーズ・レインのピアノも感興に富む。
大部分の歌曲は1880~90年代、すなわちディーリアス二十代から三十代にかけての所産であり、総じて素直で平明な音楽である。そのぶん、世紀末的な翳りや頽廃を欠くのが物足りなくもあるが、まあそれは無いものねだりというべきで、邪気のない流麗なロマンティシズムを愉しむべきアルバムだろう。
(註記)
今回の展覧会に並んだ《スケーイン南海岸の夏の夕べ、アナ・アンガとマリーイ・クロイア》(1893年、ヒアシュプロング・コレクション)は、CDジャケットを飾る同題の絵と(1893年、スケーイン美術館)は少し異なる別ヴァージョンである。