2020年の幕開けである。今年はベートーヴェン生誕二百五十年に当たるのだとか。だがその方面にはとんと興味がなく、些かも心が動かない。個人的には今年はわが芸術開眼の年(アルヘリッチ初来日を聴き、ケン・ラッセルの映画を通じてディーリアスに出逢い、《四つの最後の歌》の魅惑を知り、カラヤン&ベルリン・フィル公演に足を運び、イザドラ・ダンカンの伝記映画を観た)1970年からきっかり半世紀になる点で、人生の一区切りとして大きな意味をもつ。他人様にはまるで関わりのない私事だが、それでも節目を意識せずにいられない。はるばる遠くまで来たものだ、という深い感慨と、あの頃からちっとも進歩していないという慙愧の念とが入り混じる。
それはそれとして、今年はフランスの作曲家フローラン・シュミット Florent Schmitt(1870~1958)の生誕百五十周年でもある。こちらのほうがドイツの楽聖よりもよほど重大な関心事だ。五十年前の小生は彼のバレエ音楽《サロメの悲劇》の絢爛たる管弦楽法に瞠目し、第一交響曲(弦楽合奏のための交響曲《ジャニアナ》)をLPで繰り返し聴いていた。爾来この作曲家に関する知見は大して増えたとはいえず、老書生は忸怩たる思いでいる。今年こそは彼の評伝や研究書を精読し、あれこれ未聴の楽曲に接してみたい。ドビュッシーと第二次大戦後を繋ぐフランス音楽の重要なミッシング・リンクであると同時に、偏見に満ちた頑迷な反ユダヤ=親ナチの顔も併せもつ、この複雑にして晦渋な作曲家の諸相をもっとよく知りたいのだ。