慌ただしい年末だというのに、旧友が優雅に関西を旅している。京都ではイノダコーヒに寄ったという。羨ましさの極みである。
今やイノダコーヒは東京にも支店があり(八重洲口の大丸)、同じ味の珈琲が飲めるのだが、やはりイノダは京都に限る。彼が訪ねたのはどうやら堺町通の本店だったようだが、小生の好みはむしろ三条通にある三条支店のほうだ。明るく広々していて、さほど観光客で混んでおらず、ゆったりした気分で珈琲が味わえる。この店は高倉健が贔屓にしていたと話に聞いた。ここの静けさはたしかに健さんに似合っている。
三条支店は奥のほうに裏庭に面した明るい硝子窓がしつらえられ、そこに直径六、七メートルほどのドーナツ状の丸テーブルが鎮座している。輪の内側では白衣と白帽の制服姿の従業員がかいがいしくネルドリップに湯を注ぎ、トーストを拵えている。
朝の早い時刻に行くと、丸テーブルでは地元の繊維問屋の旦那衆かとおぼしき初老の男性たちがのんびり新聞を広げ、小声で談笑していたり。遠慮がちに同席させてもらい、あらかじめ砂糖とミルクの入った珈琲を飲むと、ああ京都にやって来たのだとしみじみ実...感される。
もう二十数年前になろうか、やはり朝方にこの三条店を訪れ、いつものように丸テーブルで珈琲を賞味していると、ちょうど反対側に長身で禿頭の男性が着座し、隣席の人になにやら身振り手振りで話し始めた。その大仰で雄弁な仕草にどうも見覚えがあるなと思ったら、指揮者の井上道義さんだった。