昨日は家人と同行して所用で上京。抜けるような青空のもと穏やかな晩秋(というか初冬)の佳き日だったが、往還の道すがら注文原稿の書き出しをあれこれ考えていた。今日は執筆に取りかかるつもりだが、良く晴れた好天に気もそぞろ、なかなか書き始められない。短い文章だから冒頭をしくじると台無しになる。明日の締切を守れるといいのだが。
そんな次第なので、今日も今日とてどこにも出かけず、殊勝にデスクワーク。仕事のお供は新譜の歌曲集である。
"Songs: Strauss -- Liszt -- Britten Sumi Hwang/ Helmut Deutsch"
シュトラウス:
不変 ~《五つの小さな歌》作品69の3
夜 ~《「最後の花びら」の八つの詩》作品10の3
悪天候 ~《五つの小さな歌》作品69の5
明日 ~《四つの歌》作品27の4
リスト:
《ペトラルカの三つのソネット》
2. その日に祝福あれ
1. 平安は見出せず
3. 私は地上で天使の御姿を見た
ブリテン:
《この島で》
1. 華やいだ音楽に讃えさせよ!
2. 今や木々の葉はとうに散り
3. 海景
4. 夜想曲
5. あるがまま、富み栄え
シュトラウス:
《四つの最後の歌》
1. 春
2. 九月
3. 眠りに就こうとして
4. 夕映えに
ソプラノ/ファン・スミ(황수미)
ピアノ/ヘルムート・ドイッチュ
2018年11月20~23日、ホーエネムス、シューベルティアーデ
韓Deutsche Grammophon DG40245 (2019) →アルバム・カヴァー
シュトラウスの《四つの最後の歌》音盤の完全蒐集を志す小生は不覚にもこの新譜の存在を知らず、親切なネット知友から教えられた。わが国にはまだ輸入されておらず、美波さんにご教示されるまま韓国のショップからじかに取り寄せた。注文から到着まで一週間かからないのは隣国の近さ故だろう。懇切な解説と対訳(ただし朝鮮語だが)付きのきちんとしたアルバムである。
2014年のエリザーベト王妃国際コンクールで優勝して一躍脚光を浴び、2018年のピョンチャン冬季オリンピック開会式で《オリンピック讃歌》を歌った韓国のソプラノ歌手ファン・スミのデビュー盤である。
さして期待もせず、どんなものか半ば好奇心から聴き始めて驚いた。なんと癖のない素直な美声であろう。高音はいうに及ばず、あらゆる音域が無理なく発声される。澄みきったリリコの声質はリヒャルト・シュトラウスの初期歌曲にぴったりだ。臈たけたヴェテランが歌う《モルゲン》も味わい深いが、若く屈託のない声で聴かされると、このうえなく魅惑的。
https://www.youtube.com/watch?v=EXQGC_hBEHY
それにしてもデビュー盤のタイトルが "Songs" とはあまりに工夫のない標題に響くが、これが今の私の「歌」なのだという意思表明だとすれば、むしろ自負と矜持に満ちた命名かもしれない。シュガーベイブのデビュー盤を "Songs" と名づけた山下達郎のようなものか。
シュトラウスのあとにリストのイタリア語、ブリテンの英語の歌曲集が続くのは、彼女のポリグロットでヴァ―サタイルの資質を示そうという意図の表れだろう。選曲にあたっては伴奏の名手ヘルムート・ドイッチュの助言も大きかった気がする。学生時代の彼女をマスタークラスで指導して以来、ドイッチュはファン・スミの才能と資質を熟知していたはずだから。
リストの歌曲集では、ドイッチュの老練なピアノに導かれて、ファン・スミの多彩な表現力が披露される。ときにドラマティックな高揚を織り交ぜながら、瑞々しく衒いのない情感を込めてのびやかに歌われるソネットの好ましさよ。
それに較べると、ブリテンの《この島で》はいかにも正確に歌われた綺麗事に留まって、随所に潜む鋭さや苦みの表出にまで至らない。終曲で皮肉な諧謔味がまるで漂わないのは今の彼女の限界だろう。これはまあ望蜀の嘆というべきで、なにしろ彼女は芳紀まだ三十三歳なのだ。
そして最後はいよいよ懸案の《四つの最後の歌》。ファン・スミは2014年のエリーザベト王妃コンクールでもこの歌曲集を歌ったはずで、すでに自家薬籠中のレパートリーなのだろう、少しも喉に負担をかけず、難なく歌いこなす。
https://www.youtube.com/watch?v=gxdNxVQG6Mw
https://www.youtube.com/watch?v=NFcXmiUYtTQ
https://www.youtube.com/watch?v=i78LU4qx68I
https://www.youtube.com/watch?v=wtAu140Zhzw
だが、老シュトラウスが万感の思いをこめ、生涯を締めくくるべく書き継いだ畢生の歌たちは、素直な美声で滑らかに歌われただけでは駄目なのだ。もしも彼女があと十数年のキャリアを経て、今度はオーケストラ伴奏でこの歌曲集を再録音する機会があれば(できればチョン・ミョンフン翁の指揮で!)、ひょっとして驚嘆すべき名演になるかもしれない。おそらくそのとき、彼女はこの録音を「若気の至り」と悟るだろう。問題はそのときまで小生が生き永らえ得るかどうか、なのだが。