ヨゼフ・ヴラフと彼が率いるチェコ室内管弦楽団は1960年春に来日し、大阪国際フェスティバルに参加している。昨日の投稿で紹介したCDボックスにも誇りかにそう記されている。
ただし当時七歳だった小生は知る由もなく、これを聴いたという人から話を聞いたこともない。もう六十年近い昔だから、往時を憶えている生き証人もほとんど現存すまい。ならば資料にあたるほかあるまいと、その公演チラシとパンフレットを入手してみた。そこからプログラムを書き写してみる。
4月7日 同上
コホウト: 弦楽のための交響曲
フルニク: オーボエ、チェンバロと弦楽合奏のための協奏曲
モーツァルト: 嬉遊曲 ニ長調 K.136
スク: 弦楽セレナーデ
4月8日 同上
コホウト: 弦楽のための交響曲
バッハ: ピアノ協奏曲 ヘ短調
ヘンデル: オーボエ協奏曲 ト短調
スク: 弦楽セレナーデ
4月18日 同上
ヴィヴァルディ: 合奏協奏曲 ニ短調
バッハ: ピアノ協奏曲 ヘ短調
ヘンデル: オーボエ協奏曲 ト短調
モーツァルト: 嬉遊曲 ニ長調 K.136
モーツァルト: セレナーデ《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》
大阪では以上の四公演である。三日目と四日目の間が十日も空いているのは、その間に東京公演が四回(文京公会堂、産経ホール)行われたためで、大阪で18日の最終公演が終わると、一行は(おそらく地方公演を経たのち)東京を再訪し、26,27日と日比谷公会堂でも演奏した。東京でのプログラムは大阪とほぼ同演目だった(ただしフルニク、ヘンデルを欠く)。
メンバーはヴァイオリンと指揮を兼ねたヴラフ以下、総勢二十五名。全員男性である。これに同団専属ピアニストのヴィクトリエ・シュヴィフリーコヴァー(Victorie Švihlíková)が加わる。
現今とは異なり、滞在期間がかなり長かったこと、大阪で四公演、東京では六公演も催されたのにも目を瞠る。当時はまだ海外演奏家の来日は少なく、ましてチェコからの来訪は珍しく、貴重な機会だったので多くの公演が組まれたのだろう。それだけの需要があったとも考えられる。
来日プログラムには妥協がなく、バロックから20世紀までのレパートリーから幅広く選曲され、お国ものも新旧とりまぜて織り込まれた。はるばる極東を初訪問するにあたり、万全の曲目編成で、持てる力を最大限に発揮しようとの意欲がほの見える。
ただし、肝心のドヴォジャークの《弦楽セレナード》がなぜかプログラムに含まれていない。彼らにとって切札的な作品のひとつだったはずだから、これはちょっと意外である。その代わりに、スクの《弦楽セレナード》とヤナーチェクの弦楽合奏のための《組曲》が披露された。
このときヤナーチェク(チラシとプログラム冊子には「ヤナーチェック」と表記)が採り上げられたのは注目に値する。1960年当時、ヤナーチェクの存在はわが国でどこまで知られていたのだろうか。
試みに、手元にある1963年1月版『作曲家別/洋楽レコード総目録』(音楽之友社)を繙き、「J」の項を調べると、日本盤で聴けたヤナーチェクはこの二曲だけだ。
弦楽四重奏曲 第一番《クロイツェル》
弦楽四重奏曲 第二番《ないしょの手紙》
スメタナ四重奏団(スプラフォン PSX 5518, 1962)
この一枚のLPしか出ていない。ヤナーチェクのオペラはおろか、《シンフォニエッタ》も《タラス・ブーリバ》も《消えた男の日記》も《草蔭の小径にて》も音盤で聴けなかったのである!
試みに、NHK交響楽団のHPで過去の演奏記録を探ると、ヤナーチェクは1950~60年代を通じて一度も演奏されていない。《シンフォニエッタ》は1970年(ヴァルター・ヴェラー指揮)、《タラス・ブーリバ》は1978年(ヴァーツラフ・ノイマン指揮)が実演の最初らしい。
ついでに日本フィルハーモニー交響楽団のHPでも演奏記録を調べてみたら、さすがにこちらにはいくつか演奏歴がある。
1961年11月28日《シンフォニエッタ》渡邊暁雄指揮
1969年11月12日《タラス・ブーリバ》ズデニェク・コシュラー指揮
1958年の創設から1960年代を通して、十二年間の定期演奏会でヤナーチェクが採り上げられたのはわずか二度だけ。最も先進的だったはずの日本フィルですらそうだったのだ。なんと貧しい環境だろう!
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こうして考えると、1960年の来日時にヴラフとその手兵が大阪(4月6日)と東京(4月13, 27日)で披露したヤナーチェク《組曲》がいかに先駆的な演奏実践だったかが了解されよう。間違いなく日本初演だったはずだ。
どんな演奏だったのだろう。はたしていかなる反響を呼んだのか、呼ばなかったのか。これでヤナーチェクの魅力に開眼した者はいなかっただろうか。
それはそれとして、ヨゼフ・ヴラフは手兵チェコ室内管弦楽団を指揮して、ヤナーチェク《組曲》の録音を残さなかったのは返す返すも残念である(彼は必ずしも録音に恵まれなかった)。
ところが幸運なことに、彼がスク室内管弦楽団に客演指揮したヤナーチェクの録音がドイツのマイナー・レーベルMDB(Musikproduktion Dabringhaus und Grimm)に残されていた。
"Czech Music of the 20th Century"
ヤナーチェク:
弦楽のための《組曲》
マルチヌー:
《パルティータ》
《セレナータ II》
ヴィクトル・カラビス:
弦楽のための《ディプティック》作品66
ヨゼフ・ヴラフ指揮
スク室内管弦楽団(プラハ)
1988年9月、プラハ
MDB 601 0317-2 (1988)
本録音は Supraphon と並ぶチェコの国営レコード会社 Panton が製作し、音源の提供を受けた西ドイツのMDBが発売したものだ。
起用された楽団がなぜ手兵のチェコ室内管弦楽団でなく、ライヴァルだった別楽団なのか、その経緯は詳らかでないが、ともあれチェコ近現代の弦楽合奏曲を選りすぐったアンソロジーがヴラフ指揮で収録された僥倖を慶びたい。
いずれの曲も彼が指揮した唯一の録音である。ヤナーチェク初期の瑞々しさもたいそう好ましいが、端正でスタイリッシュなマルチヌーもいい。とりわけ最後のヴィクトル・カラビス(チェンバロ奏者ズザナ・ルージチコヴァーの夫君)の《ディプティック》が曲・演奏ともに秀逸である。
https://www.youtube.com/watch…
この録音が残されて本当によかった。ヨゼフ・ヴラフは当セッションのわずか一か月後の1988年10月17日、客演先のリンシェーピング(スウェーデン)で急死してしまう。享年六十五。アルバムは彼の遺作となった。