少し寝坊した日曜の朝。雨はほぼ止んで、時おり薄日が射している。まだ青空は見えないが、このあと晴れると家人は言う。そうだといいのだが。
明けてもまだブラームスの続き。といっても、手元に残るごく僅かな音源からお裾分けするだけだから、セレクションがひどく偏るのは否めない。でもこれはわが鍾愛の一枚。
《Brahms "Alto" Rhapsody》
ブラームス:
ヴィオラ・ソナタ 第一番*
ヴィオラ・ソナタ 第二番**
アルトのための二つの歌 (ヴィオラ・オブリガートとピアノ伴奏)***
■ 秘めた憧れ 作品91の1
■ 聖なる子守唄 作品91の2
三つの歌 (管弦楽編曲/アルフレート・ヘルツ)****
■ あなたの青い瞳 作品59の8
■ わが眠りいよいよ浅く 作品105の2
■ 鍛冶屋 作品19の4
《アルト・ラプソディ》****
ヴィオラ/ウィリアム・プリムローズ* ** ***
アルト/マリアン・アンダーソン*** ****
ピアノ/
ウィリアム・カペル*、ジェラルド・ムーア**、フランツ・ルップ***
ユージーン・オーマンディ指揮
フィラデルフィア管弦楽団****
1946年5月7日*、1937年9月16日**、1941年6月30日***、1939年1月8日****
Biddulph LAB 150 (1997) →アルバム・カヴァー
標題に《Brahms "Alto" Rhapsody》とあるのは、アルトを独唱者とするブラームスの管弦楽付き合唱曲《アルト・ラプソディ》と、フランス語の "Alto" すなわち弦楽器ヴィオラの両方の意味に掛けている。だからブラームスがヴィオラ用に書いたソナタ二曲と、アルトのための歌曲とを収める。しかも前者はヴィオラ演奏史にその名を記す大家による、後者は不滅の黒人アルト歌手が独唱する、戦前から戦後まもなくにかけての歴史的録音なのだ。
たいそう贅沢だが欲張りすぎて無理のあるアルバム、とお感じになったかもしれないが、実はさにあらず。ヴィオラ・ソナタと歌曲の間に、ヴィオラがオブリガートで伴奏するアルト歌曲を挟みこんであるので、流れがきわめて自然なのだ。このコンピレーション・アルバムの選曲企画者に脱帽である。
❖
英国のヴィオリストといえばまずライオネル・ターティス、そしてウィリアム・プリムローズだ。音楽史的にはブリテンの《レクリメ》の被献呈者であり、バルトークの遺作ヴィオラ協奏曲の発注者にして世界初演者・初録音者だった。《イタリアのハロルド》を三度、SP(クセヴィーツキー指揮)、モノーラルLP(ビーチャム指揮)、ステレオLP(ミュンシュ指揮)で録音した。当代随一の奏者だったのは疑いない。
ブラームスの二曲のソナタ(原曲はクラリネット・ソナタ)は戦後ルドルフ・フィルクシュニーのピアノで録音したモノーラルLPが名高いが、ここに収められたのはSP時代それぞれ別の機会に収録された最初の録音。さすがに古い音だが、プリムローズの力強い響きはよく捉えられていて、鑑賞に支障はない。現今の奏者たちの入念緻密なブラームスに較べると直截すぎ、柄は大きいが大味な解釈といえようが、彼がハイフェッツばりの名手と讃えられたのも成程と納得されよう。威厳に満ちた堂々たる演奏だ。
その彼がマリアン・アンダーソンと共演して、ヴィオラのオブリガート付きの歌曲を二曲、スタジオ録音する機会を得たのは、後世の鑑賞者にとってまたとない贈物だろう。世紀の共演とはこのことである。アンダーソンの深々としたアルトに、プリムローズの芯のある確かなヴィオラが寄り添い、下支えする。こんな贅沢な聴きものがまたとあろうか。
https://www.youtube.com/watch?v=Cut38ud6KoY
本CDジャケットにはアンダーソンとプリムローズの写真が掲げられており、いかにも合成写真めいてみえるのだが、実はこれは録音セッションに際してレコード会社がプロモーション用に撮影したものだといい、後世のモンタージュではない真正のツーショットなのだという。(→元写真)
❖
不世出のアルト歌手マリアン・アンダーソンの声の素晴らしさを味わうなら、1939年1月に同日のセッションで収録された管弦楽伴奏の三つの歌曲と《アルト・ラプソディ》に如くはない。深々としていながら明澄で晴れやかで、高貴な輝きを放つ。トスカニーニが「百年に一度の声」とまで讃えたのは過褒でなかったのだ。
《アルト・ラプソディ》は彼女の十八番であり、正規録音だけでもこのオーマンディ指揮盤のあと、モントゥー指揮(1945)、ライナー指揮(1950)の音盤があり、フリッツ・ブッシュとの共演の実況録音(1950年12月)も残る。共演指揮者の凄い顔ぶれをみれば、彼女のブラームスがいかに高く評価されていたか了解されよう。
今それらを聴き較べたわけではないが、最初の録音に記録されたマリアン・アンダーソンの声は充分に若く、瑞々しく透明な光輝を帯びている。オーマンディの微に入り細を穿つ入念な指揮ぶりと相俟って、《アルト・ラプソディ》録音史上に銘記さるべき秀演となった。録音の古さが気になるのは最初の一分間くらい。あとは陶然と聴き惚れてしまう。
https://www.youtube.com/watch?v=KAGShgzbMJg