和田誠さんが若き日の新進デザイナー時代、自分の愉しみのために絵本を自費出版したという話は、たしか1978年に出た雑誌『月刊絵本』の和田誠特集で読んで知ったのだと思う。
1963年から66年にかけて七冊が出た由。いずれも三百~五百部だけ制作され、親しい知友に買ってもらったり贈呈したりして、和田さんの手元にも数冊ずつしかない。探すのは至難の業だろうという。
そういう絵本が存在するのなら、どうにかして手に取ってみたいものだと密かに希った。稀覯本には違いないが、1960年代の刊行なら、まだ手にする機会もあるだろう。いつの日か、きっと・・・。
ところがほどなく、その一冊がひょっこり姿を現した。しかも信じられない安価で。金褐色の表紙に装われた『17のこもりうた』という正方形の小さな楽譜絵本である。1980年代の初め、高田馬場か早稲田の古本屋(店名は失念)の百円均一の平台に無造作に置かれていた。
おゝ、これがそれか、と気づき、震える指で頁を捲った。十七篇の子守唄のそれぞれに素敵なイラストが添えられ、楽譜も手書きの譜面がそのまま印刷してある。奥付にはこうあった。
詩=高橋睦郎
曲・絵=和田誠
印刷=新光美術
発行=1966年1月
定価=400円
限定版=300部
凄いぢゃないか! この楽譜絵本は高橋睦郎の詩集でもあるわけだ。なんという嬉しい企て、贅沢な遊びだろう。ちなみに、二人ともほぼ同年代(和田がひとつ年長)で、高橋が「日本デザインセンター」のコピーライター、和田は「ライト・パブリシティ」のデザイナーと、ライヴァル会社に所属していたが、社外の仕事(たぶんNHK)で知り合ったのだという。
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和田誠の私家版絵本は以下の七冊である。
1.『がらすのお城』文/高橋睦郎 絵/和田誠 1963年6月
2.『ちょうちょむすび』文/今江祥智 絵/和田誠 1963年10月
3.『山太郎』文/川路重之 絵/和田誠 1963年12月
4.『花とひみつ』文/星新一 絵/和田誠 1964年9月
5.『しりとり』 文/谷川俊太郎 絵/和田誠 1965年3月
6.『すすめチーター』文/広島市の保育園児たち 絵/和田誠 1965年10月
7.『17のこもりうた』詩/高橋睦郎 曲・絵/和田誠 1966年1月
この調子なら残りの六冊もいずれ見つかるだろう。そう多寡を括っていたのだが、それから四十年近く経つが、なんとか手にしたのは『ちょうちょむすび」『しりとり』『すすめチーター』の三冊のみ。それも一冊あたり三、四万円もした。渋谷の中村書店という古書店の目録に載ったのを、清水の舞台から飛び降りて複雑骨折する覚悟で手に入れた。詩集専門の店だから、ということもあるだろうが、おそらくこれが正当な値付けなのだろう。最初の百円が安すぎたのだ。ビギナーズ・ラックというやつである。
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四冊を手に入れ、残りあと三冊(星新一との『花とひみつ』はきっと高価だろう)まできたところで遂に試合終了。
というのも、2011年にこれら七冊の完全覆刻版が刊行され(→これ)、セット販売ながら誰もが容易に手に入れることが可能となったからだ。憑き物が落ちた塩梅で、わが情熱もここで尽き果てた。