実際に店頭で確かめたわけではないが、五月にライナーノーツを書いたジャクリーヌ・デュ・プレのCDが大型ショップに入荷したようだ。タワーレコードのネットショップにそう記されている。
https://tower.jp/…/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC%EF%…
製作元の平林直哉氏によれば、告知記事の掲載とともに少なからぬ反響があり、思いがけず予約が相次いだとのこと。そのせいか、アマゾンでは「品切(1~2か月以内に発送)」、HMVのネットショップでは「お取り寄せ(入荷待ち)」となっていて、一時的に入手できない状態だ。お急ぎの方はぜひ上のタワレコのリンクからご注文されたい。
このたびのジャクリーヌ・デュ・プレCDへのライナー執筆は、いろいろな意味で感慨深い仕事だった。
久しく憧憬と慨嘆の対象だった不世出の天才チェリストについて、思う存分に文章を書く機会が与えられた嬉しさは言うまでもないのだが、今回の依頼で自分が解説を受け持ったCDがついに総計十点になった歓びもまた大きい。なにしろ当方は音楽の素人なのだから、われながらよくやったと、自分で自分を褒めてやりたい心持ちなのだ。
これまでにライナーノーツを書いたCD(CDブックも含む)を時系列、すなわち刊行順に並べてみた。
■ ポール・パレ―/ベートーヴェン《田園》《第七》
GRAND SLAM GS-2010 (May 2006)
■ ポール・パレー/フランス管弦楽曲集 ビゼー、シャブリエ、ラヴェル、ドビュッシー
GRAND SLAM GS-2051 (August 2008)
■ ポール・パレーの芸術 Vol.4/20世紀フランス作品集
Tower Records PROA-293 (March 2009)
■ ポール・パレー/サン=サーンス《オルガン付き》、ショーソン 交響曲 ほか
GRAND SLAM GS-2075 (February 2012)
■ ムラヴィンスキー/チャイコフスキー《悲愴》
GRAND SLAM GS-2078 (May 2012)
■ 大田黒元雄のピアノ 100年の余韻:青柳いづみこ 高橋悠治
コジマ録音 ALM ALCD-7200 (October 2016)
■ ムラヴィンスキー・モスクワ・ライヴ 1965 バルトーク、ドビュッシー、オネゲル
GRAND SLAM GS-2154 (October 2016)
■ クロード・ドビュッシーの墓:青柳いづみこ 、西本夏生 、福田美樹子
アールレゾナンス RRSC-20004 (April 2018)
■ ドビュッシーのおもちゃ箱:青柳いづみこ[BOOK+CD]
学研プラス (July 2018)
▣ ジャクリーヌ・デュ・プレ/エルガー&ディーリアス チェロ協奏曲集
GRAND SLAM GS-2203 (August 2019)
平林さんから頼まれて最初に書いたのはフランスの名指揮者ポール・パレーの覆刻CDだった。「ほかに誰も書けそうな人がいないので」というのが彼の殺し文句だった。自分にライナーノーツがはたして書けるのか、心もとなかったが、手元にあるパレー評伝と首っ引きで書いた。こんな機会は生涯で最初にして最後と思い定め、必死の形相だった。
幸いにも平林さんから「よく書けている」とお褒めに与り、爾来ことあるごとに彼からライナー執筆の依頼(もっぱらパレーとムラヴィンスキーだが)が舞い込むようになった。
それから十三年、気づいてみたら自分のCD解説がついに十点を数えるに至った。一介の音楽好きにとって、これに勝る誇らしい喜びはない。
どれもこれも思い出深い仕事だが、最も緊張したのはやはり《大田黒元雄のピアノ》だったろう。なにしろ演奏は青柳いづみこ&高橋悠治。ピアノ界の女王陛下と現代音楽界の神様みたいなご両人、ともに筆の立つ物書きでもある彼らのCDに解説を寄せるのだから、いくら図々しい小生だって、そりゃあ緊張しましたよ。責任の重さにビビりまくった。
その難関もどうにかクリアし、その後も青柳さんからは二度も執筆依頼があった。このうえない光栄である。
このたびのジャクリーヌ・デュ・プレの解説では、文献に基づく正確な記述を心がけるとともに、思いきって個人的な想い出にまで踏み込んで書いた。果たして読むに値する文章になったか否か。すでに賽は投げられた。判断するのは読者諸兄である。