いよいよ夏本番である。昨日は家人の所用に付き添って上京し、月曜も開館している東京都庭園美術館の展示を覗いたあと、白金界隈を少しだけ歩いたのだが、日陰のない真昼の舗道の灼熱は耐えがたく、体の芯までとろけてしまいそうだった。梅雨が明けたって? 宣言無用、街を歩けば誰でもわかる。
今日も朝からえらく暑いが、飼猫が冷気を嫌うので部屋のエアコンを切ったまま痩せ我慢。読書にも勉強にも一向に身が入らず、最新号の "BBC Music Magazine"(2019年8月号 ⇒これ)をパラパラ拾い読みする。巻頭のプッチーニ特集にはさほど食指が伸びないが、それでも小記事やCD評にはあちこち好奇心をそそられる。同じ島国でも彼此の音楽雑誌はレヴェルがこんなに違うものかと慨嘆。
"Ravel: Shéhérazade, Debussy: Nocturnes, etc"
ラヴェル:《シェエラザード》*
ドビュッシー:《夜想曲》**
リリ・ブーランジェ:《ファウストとヘレネ》***
メゾソプラノ/セイラ・コノリー*
トーマス・セナゴー指揮*
パスカル・ロフェ指揮**
ウェールズBBCナショナル管弦楽団
ソプラノ/カタリナ・ダライマン***
バリトン/ベネディクト・ネルソン***
テノール/サミュエル・サッカー***
ジェイムズ・ガフィガン指揮
BBC交響楽団***
2016年10月13日、カーディフ、セント・デイヴィッズ・ホール(実況)*
2011年12月2日、カーディフ、BBCホディノット・ホール(実況)**
2019年4月6日、ロンドン、バービカン・ホール(実況)***
BBC Music BBCMM 438 (2019)
ジャケット表ではラヴェル《シェエラザード》が強調されているが、本盤は三人のフランス作曲家が書いた声楽入りのオーケストラ曲を組み合わせた意欲的なアルバムだ。名花コノリーが歌うラヴェルも、注目の指揮者ロフェによるドビュッシーも聴きものだが、なんといっても最後に控えるリリ・ブーランジェが絶対に聴き逃せないと思う。
昨年が歿後百周年だった夭折の天才女性リリ・ブーランジェの偉業を偲ぶ演奏会がこの春倫敦のバービカンで催された(4月6日)。曲目はすべてが垂涎の的というべきものだ。
リリ・ブーランジェ:
Psalm 24 'La terre appartient à l'Éternel'
Vieille prière bouddhique
Prière quotidienne pour tout
Faust et Hélène
ナディア・ブーランジェ:
Fantaisie variée
リリ・ブーランジェ:
Psalm 130 'Du fond de l'abîme'
この宵の演奏会はBBC Radio3 で中継放送されたというが、小生は無念にも聴き逃した。本当は丸ごとCD化されたらいいのだが、それでも中核をなす秘曲《ファウストとヘレネ》が身近に聴けるのだから嬉しい限り。
1913年、芳紀十九歳のブーランジェが四週間で仕上げ、見事ローマ賞を射止めた記念碑的なカンタータだ。若書きなのに未熟なところが微塵もなく、お仕着せの歌詞を当てがわれた作品というのに、生々しい表現力の炸裂するさまは天才少女の面目躍如たるところだ。このあと彼女には五年の歳月しか残されていなかったと知ると、失われた才能の大きさに嘆息するほかない。
小生の知る限り、これは《ファウストとヘレネ》の史上三番目の録音であろう(イーゴリ・マルケヴィッチ盤、ヤン・パスカル・トルトゥリエ盤に次ぐ)。聴き比べたわけではないが、今回のジェイムズ・ガフィガン指揮の演奏は力の籠った、たいそうドラマティックなものだ。米国生まれのガフィガンはルツェルン響やオランダ放送フィルの首席指揮者を歴任する注目株。プロコフィエフの交響曲全集の録音が進行中とのこと。端倪すべからざる実力の持ち主とみた。
忘れずに書き添えると、コノリーが歌い、セナゴーが振った《シェエラザード》も、先般来日したばかりのロフェが指揮した《ノクテュルヌ》も、安心して聴ける規範的な名演である。日常的にこれだけ高水準の演奏を各地で繰り広げるBBCのオーケストラに満腔の敬意を捧げたい。これが雑誌付録として無料で付いてくるのだから凄いことだ。