初出時にはモノーラルだったのだが、幸いにもEMIが当時まだ試行段階にあったステレオで収録してくれたお蔭で、ハスキルが左(プリモ)、アンダが右(セコンド)とはっきり定位して聴こえるのが、この曲の場合には何より嬉しいことだ。とはいえ、ここでの両者の音色は驚くほど似通っているのだが。
https://www.youtube.com/watch?v=UKlNkGPGouc
録音から六十余年を経て、バッハ演奏を取り巻く状況は激変し、今日の耳からは恐ろしく古めかしい演奏スタイルに聴こえるかもしれないが、願わくばこれを過去の遺物と切り捨てないでほしい。小生にとっては出逢いの懐かしさはもちろんだが、この清冽にして至純の演奏はスタイルの変遷に関わらず、時の試練に耐えうる永続的な価値をもつと思う。
"Bach: Two Concertos for Two Pianos"
バッハ:
二台のピアノのための協奏曲 ハ長調 BWV1060
二台のピアノのための協奏曲 ハ長調 BWV1061
ピアノ/ロベール&ギャビー・カサドシュ
エドモン・ド・シュトウツ指揮
チューリヒ室内管弦楽団
1967年7月6日、ヴィンタートゥール、キルヒゲマインデハウス
米Odyssey 32 16 0382 (LP, 1969)
カサドシュ夫妻(および子息ジャンも)によるバッハの二台、三台のピアノ協奏曲は各地で披露されて呼び物となったが、正規録音は今一つ納得できない出来に感じられるのは、気のせいだろうか。様式的に齟齬があるのか、調子が乗らなかったのか、指揮者が役不足だったからなのか。
華やかさが勝ちすぎて、持ち前の玲瓏な音色がさほど際だたない録音に問題があるのかもしれない。とはいえ(一般にはヴァイオリンとオーボエのための協奏曲として知られる)BWV1060との最強カップリングで、この鍾愛の曲がカサドシュ夫妻の演奏で聴ける歓びは小さくない。
https://www.youtube.com/watch?v=B6KnUzgQ8R0
https://www.youtube.com/watch?v=1WIhSO8oXwU
"Bach: Cembalokonzerte"
バッハ:
チェンバロ協奏曲 ニ短調 BWV1052*
二台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061**
三台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1064***
四台のチェンバロのための協奏曲 イ短調 BWV1065****
チェンバロ/
イゴール・キプニス* ** *** ****
リンダ・シェル=プルート** *** ****
デイヴィッド・シュレイダー*** ****
ダーフィト・ヘルツベルク****
カール・ミュンヒンガー指揮
シュトゥットガルト室内管弦楽団
1977年9~10月、ルートヴィヒスブルク、カールスヘーエ教会
独Intercord INT 820.737 (1988)
米国のチェンバロ奏者イゴール・キプニスは今日では思い出されることの尠い先駆者である。彼は1960年代末にロンドンでネヴィル・マリナー指揮でバッハのチェンバロ協奏曲全集を録音したが、それから十年を経ずにミュンヒンガー指揮で再録音に挑んでいる。
1970年代後半のミュンヒンガーは活動晩期に入り、モダン楽器によるバロック演奏の退潮とともに人気に翳りが生じ、すでに長年にわたるDeccaとの専属契約を解消していた。そのため、キプニスとの協奏曲全集はドイツの小レーベルIntercordからLP五枚組として発売された。のちにCD三枚として再発売されたものの、殆ど人口に膾炙せず終わった。
レオンハルト=アルノンクール=コープマン以降の世代がどう言おうと、このキプニス&ミュンヒンガーによるバッハはかけがえのない遺産であり、私見によれば旧世代による演奏実践の金字塔ではあるまいか。
独奏者と指揮者の美学はよく合致しており、あくまでもインテンポを堅持した遊びのない演奏ともいえようが、きびきびと淀みのない明快なリズム、バッハをバッハたらしめるアレグロの抗いがたい推進性には、真摯で生真面目な、稀に見る美質があったと今更のように思う。これを古めかしい解釈として放擲して顧みないのではあまりに勿体ない。
《T"W"OGETHER -- シュテファン・フッソング&御喜美江》
バッハ: 二台のアコーディオンのための協奏曲 BWV1061a
ピアソラ: バレエ・タンゴ(寺嶋陸也編)
モーツァルト: アダージョとアレグロ へ短調 KV594
ユッカ・ティエンスー: アイオン
ソレール: 協奏曲 第六番
武満徹: クロス・トーク
アコーディオン/シュテファン・フッソング、御喜美江
1999年7月、横浜、フィリアホール
DENON COCQ-83298 (2000)
バッハの鍵盤協奏曲はなべて他の楽器(ヴァイオリン、オーボエなど)のための協奏曲からの編曲であるが、BWV1061だけは例外。協奏曲の原作は存在せず、おそらく二台チェンバロの二重奏曲がまず存在し、そこに弦楽合奏を後から付加したものらしい。オーケストラ抜きでも成立する。
そこに着目したのがこの二台のアコ―ディオンによる演奏。しかも当代の二大名手であるフッソングと御喜が共演する。ともにアコーディオンによる《ゴルトベルク変奏曲》の名盤で知られるご両人はバッハの語法を熟知しており、スリリングで愉悦感にみちた応酬を繰り広げる。これは凄い聴きものだ!