一昨日の日曜(3月17日)は上京の三日目。さすがに疲労は隠せないが、この日ばかりは予定を粛々とこなす。出かけるほかないのである。
待ち合わせの午後一時に間に合うよう家を出て、少し前に新宿西口の居酒屋「天狗」に到着。先着していたBoeに挨拶。ほどなく面子が揃ったので、予約しておいた窓際の席に移動。いつものように旧友たちとの呑み会である。
遅れて来た二人を含め、今回の参集者は七名。一月にご母堂を喪った宮崎君からの近況報告があり、今の都営アパートに住み続ける許可が下りたと聞き、一同ほっと安堵する。そのあとは例によって安価な小皿料理をつつきながら盃を重ねて談論風発。予約席は二時間限定という話だったが、いつもより客が少ないため延長も可となったので、時間を気にせず愉しく団欒。ついつい飲み過ぎてしまいそうだが、ぐっとこらえて自重する。
まだ宴は闌(たけなわ)だったが、五時を少し回ったあたりで小生は離脱。新宿駅の地下道伝いに東口側へ抜けて新宿三丁目から地下鉄副都心線→東急東横線で祐天寺駅へ。まるきり不案内な界隈だ。
そこから駒沢通りに出て七分ほど歩くと、道沿いの小ぢんまりしたライヴハウス「FJ's」に到着。初めての場所だが、さっきの旧友たちの話だと、ここは亡くなった深町純の店なのだという。
今宵はここで「みわぞうsingsブレヒト」なるコンサートがある。昨11月、こぐれみわぞうがブレヒト=ワイルの《三文オペラ》を歌うのを渋谷Loft Heavenで聴き、これは凄いと思ったので、再び同種の催しがあると聞き、馳せ参じたのである。ほどなく「桑野塾」で馴染の桑野隆さんや大島幹雄さん、研究者でFB友人の渡邊未帆さん、さらに先日ここで書いた告知記事を読んで興味をそそられたという柳澤健さんまでが到来し、さして広くない会場は早くも満員になる。白ワインを所望し、片隅に柳澤さんと並んで席を取った。
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六時半きっかりに開演。メンバー紹介に続き、みわぞうの解説とヴォーカルにより第一部がスタート。今年が歿後百年になるローザ・ルクセンブルクを偲び、彼女に因んだソングを中心に六曲が歌われる。
01. モルダウ河の歌 Das Lied von der Moldau
ハンス・アイスラー曲、須山公美子 訳
02. 兵士の妻は何を貰った Und was bekam des Soldaten Weib
クルト・ワイル曲
03. 墓碑1919(赤いローザ) Grabschrift 1919 / Die rote Rosa
クルト・ワイル曲
04. 水におぼれた少女 Vom ertrunkenen Mädchen
クルト・ワイル曲、こぐれみわぞう訳
05. 赤い旗についての考察 Gedanken über die rote Fahne
ハンス・アイスラー曲
06. お金には人を元気にする作用がありますソング
Lied von der belebenden Wirkung des Geldes
ハンス・アイスラー曲、大岡 淳 訳
みわぞうは多くのソングをあれこれの機会で取り上げてきたらしく、歌いっぷりは堂々として自信に裏打ちされたものだ。
どの曲も歌に先立って必ず歌詞の大意が懇切に紹介されるので、小生のように耳からのドイツ語が苦手な者にも、歌詞の概要が前もってわかるのが嬉しい。歌の心が伝わってこそのブレヒト・ソングだからだ。《兵士の妻は何を貰った》の痛烈な歌詞に、肺腑を抉られる思いがする。
とはいえ、ひとたび日本語の歌詞で歌われると、ソングの強度と伝達力は桁違いに増大する。耳から心臓へと回路がじかに繋がる感じなのだ。
《水におぼれた少女》は、みわぞう自身が今宵のために苦心して拵えた訳詞で歌われたため、ブレヒトの怒りと哀しみの深さがひしひしと伝わる。ドイツ語の《赤いローザ》と日本語の《水におぼれた少女》(二曲とも《ベルリン・レクイエム》を構成する)がひと続きに歌われることで、亡き革命家に寄せたブレヒトの真率なメッセージがこちらの胸にしかと届くのだ。この二曲こそは間違いなく今宵の白眉であろう。
前半の最後に歌われた《お金には人を元気にする作用がありますソング》は、亡命期に書かれたブレヒト劇《丸頭ととんがり頭》(1936)の挿入歌だそうだが、アイスラーのソングに疎い小生はギゼラ・マイのアルバムで聴いた程度。今回は大岡淳が新訳したという痛快な訳詞で歌われたお蔭で、痛烈な皮肉と毒がたっぷり伝わってきた。ここでも歌詞に仕掛けられた威力の絶大さを思い知る。
ここまでが第一部。うっかり書き洩らしたが、前半での演奏は、こぐれみわぞうのヴォーカルに加え、大熊ワタル(クラリネット&サクソフォーン)、木村仁哉(チューバ)、近藤達郎(ピアノ)という腕達者の面々。ブレヒト/ワイル/アイスラーに似つかわしい編成である。
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休憩後は気分を一新、《三文オペラ》を大岡淳の新しい日本語訳で上演する。いや、「上演」とは大袈裟だが、前半と同じメンバーのほか、訳者の大岡淳その人が語り手=進行役として加わり、序曲から大団円まで、語りと台詞とソングを織り交ぜて《三文オペラ》のあらましを辿ろうという愉しい企てである。
大岡の当意即妙な語りに導かれて、途切れなくドラマが展開するので、正確なセットリストを記すのは難しいが、進行はざっとこんな塩梅だ。
■ 序曲
■《刃(やいば)のマックのモリタート》(モリタート歌手)
■ ピーチャム夫妻のやりとり
■《やだもんねの歌》(ピーチャム夫妻)
■《海賊ジェニー》(ポリー)
■《大砲ソング》(マック)
■《バルバラ・ソング》(ポリー)
■《セックスの虜のバラード》(ピーチャム夫人)
■ ジェニー、マックの手相を見る
■《ヒモのバラード》(マックとジェニー)
■《人間の努力の報われなさの歌》(ピーチャム+α)
■ 《ソロモン・ソング》(ジェニー)
■ マックの辞世
■ ピーチャムの口上(ハッピーエンドにしとこうよ)
■ 三文フィナーレ
ご覧のとおり、《三文オペラ》の主だったソングを織り込みながらストーリーが展開する。女役(ピーチャム夫人、ポリー、ジェニー)はみわぞう、男役(モリタート歌手、ピーチャム、マック)は大岡が演じ歌うという役割分担。たった二人だけで《三文オペラ》になってしまう。ちょっとした壮挙ではなかろうか。
とにかく大岡の語りが変幻自在、丁々発止、余裕綽々。物語を手際よく説明し、自ら訳した台詞を表情たっぷりに朗読したかと思うと、男役のソングを軽妙に歌う。時に脱線し、アドリブを挟み、茶々を入れつつも、ブレヒト劇の本筋から片時も離れない。絶妙な進行役というべきか。
《モリタート》では千田是也、岩淵達治、山本清多による歌詞旧訳を矢継ぎ早に紹介したうえで、自らの新訳「そんでサメは、牙を持ち/顔いっぱいに、むき出し/で、マックヒースは、ナイフ持ち/ただそのナイフ、見たことない」と誇らしく歌う。いやはや天晴れ、大したものだ!
物語が進むにつれ、大岡の口跡はますます鮮やかに冴えわたり、最後には語り手の域を超えて、ブレヒトを召還するための憑代(よりしろ)と化していて圧倒された。
みわぞうも負けてはいない。彼女が大岡訳で《三文オペラ》を歌い始めたのは昨秋からだが、この数か月で各ソングを完全に自家薬籠中のものとした感が強い。歌詞をただ憶えて歌うのでなく、それらをとことん咀嚼し、自分の歌にしているのだ。さまざまな役柄を演じながら、みわぞう自身がそれぞれの歌の命を生きているかのよう。これはちょっと凄いことではないか。
《海賊ジェニー》も《バルバラ・ソング》も《ソロモン・ソング》も、それこそ星の数ほどのヴァージョンがあるが、ブレヒト=ワイルの真髄に触れた歌い手はごく僅かだ。みわぞうは間違いなくその一人であると断言したくなる。大岡の新訳がまるで彼女に歌われるために誂えられたかのように錯覚してしまうのは、きっと小生だけではないだろう。
《三文オペラ》のソングはオペラのアリアと異なり、登場人物が心情を吐露する場ではなく、クールな語り口で披露される寓話めいたものだ。だから芝居と切り離されて単独にカバレット・ソング、ポップ・ソングとしても愛唱される。だが、今回このように物語中の本来の位置で歌われると、やはりこれは劇音楽なのだ、ドラマの流れのなかで然るべき役割を担っているのだと再認識した。芝居あってのソング、ソングあっての芝居なのだ。その点からも、今回の「上演」から得たものは大きかった。
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満場の鳴りやまぬ拍手喝采のなか、アンコールとして三曲が歌われた。
01.《人間の努力の報われなさの歌》(完全版)
02.《アラバマ・ソング》 ~ソングシュピーゲル《小マハゴニー》
03.《マンダレイ・ソング》 ~音楽喜劇《ハッピー・エンド》
01. は先ほどの上演時にうっかり末尾部分を歌い忘れたため、改めて全部の歌詞を歌ったもの。02. と 03. は言うまでもなく数あるブレヒト=ワイルのソングのうちでも最も人口に膾炙したものだ。
粗忽なことに、秀逸なバック・バンドに触れるのを忘れるところだった。今回の《三文オペラ》は三人編成なので、原譜そのものでないのは勿論だが、クラリネット(サクソフォーン持ち替え)、チューバ、ピアノという編成はワイルの楽曲との親和性が強く、1920年代のベルリンを彷彿とさせる響きが好もしい。時に即興的なアドリブを挟みながらも、基本はワイルの真髄から片時も目を逸らさない、オーセンティックな好演だった。
きちんとメモしなかったので、曲名までは名指しできないが、いくつかのソングではみわぞうのチンドン楽器も加わった四重奏が聴かれた。これまた《三文オペラ》の軽音楽的な響きと無理なく溶け込んでいて、この編成も充分アリだなと深く納得させられた。
当夜の《三文オペラ》は、昨秋の渋谷でのライヴをさらに上回る白熱の朗読と迫真の歌唱の波状攻撃に晒されっぱなし。まるで芝居を観ているような臨場感に、どうにも昂奮を抑えることができなかった。
前回のライヴで「会場のどこかでブレヒトその人が佇む気配を感じた」と拙ブログに記したが、今回はブレヒトと一緒にワイルもまた同席し、自分が書いた音楽とチンドンとの思わぬ親和性に目を丸くしていたような気がした。
追記)
■ 当夜の模様が早くもYouTubeに掲げられている。
《水におぼれた少女》 ~《ベルリン・レクイエム》より
https://www.youtube.com/watch?v=PJoXDdNlM1E
《お金には人を元気にする作用がありますソング》 ~《丸頭ととんがり頭》より
https://www.youtube.com/watch?v=mrl39s_R4Dg&feature=youtu.be
《海賊ジェニー》 ~《三文オペラ》より
https://www.youtube.com/watch?v=aIZWjlGYpq8
■ こちらは2018年11月9日、渋谷Loft Heaven でのライヴ。
《セックスの虜のバラード》 ~《三文オペラ》より
https://www.youtube.com/watch?v=Z3fU6h-kvFk