必要に迫られてジャクリーヌ・デュ・プレについて詳しく調べている。手元にあるエルガー音源をあれこれ続けざまに聴いていたら、家人から「さっきから同じ曲ばかりで煩わしい」の厳しい𠮟声あり。どれも異なるヴァージョンなのだが、傍からすれば同一の音楽の繰り返しにしか聞こえないだろう。
ここらで気分を一新。今日(3月10日)はアルテュール・オネゲルの誕生日だそうなので、これまで聴く機会が少なかった(というか、ほとんど未聴に近い)音源をかけてみることにする。老いてもなお勉強なのである。
"Arthur Honegger: L'Œuvre pour piano"
オネゲル:
トッカータと変奏 (1916)
七つの短い小品 (1919~20)
バッハの名による前奏曲、アリオーゾとフゲッタ (1932)
オブホフの音型による二つの練習曲 (1942~43)
ロマンドの手帖 (1921~23)
三つの小品 (1915~19)
サラバンド ~《六人組のアルバム》(1920)
アルベール・ルーセル讃 (1928)
プティ・リ・ブラン慈善舞踏会のための子守唄 (1935)
ト調の小品 (年代未詳)
展望鉄道 ~《遊園地》(1937)
ショパン回想 ~映画《今宵友来たる》(1945)
マタモール~ 映画《キャピテン・フラカス》(1943)
二台のピアノのためのパルティータ (1940)*
ピアノ/ジャン=フランソワ・アントニオーリ
第二ピアノ/ 宋如音(Ju-Ying Song)*
2007年9月、ショー=ド=フォン、音楽堂
Timpani 1C1138 (2008) →アルバム・カヴァー
"Arthur Honegger"
オネゲル:
スイスの祭日 (1945)
ラディオ=パノラミック (1935)*
バレエ《ソロモンの雅歌 Le Cantique des Cantiques》(1938)**
メゾソプラノ/ブリジット・バレー**
テノール/クリストフ・アインホルン* **
バスバリトン/マルコス・フィンク**
オンド・マルトノ/ジャック・チャムケルテン**
ギヨーム・トゥルニエール指揮
ローザンヌ・プロ・アルテ合唱団* **
スイス・ロマンド管弦楽団
2005年8月27~30日、ジュネーヴ
Cascavelle RSR 6187 (2005) →アルバム・カヴァー
”Arthur Honegger: 3ème Symphonie - Horace Victorieux"
オネゲル:
交響曲 第三番《典礼風》
《歓びの歌》
交響的黙劇《勝利のホラティウス》
パウル・ザッハー指揮
バーゼル交響楽団
1992年3月、5月、バーゼル、フォルクスハウス
Accord - Pan Classics 510 053 (1992) →アルバム・カヴァー
CD時代の到来により知られざる作曲家の紹介とともに、名のある作曲家の未知の楽曲の発掘が恐るべきスピードで進捗した一時代があった。
オネゲルを例に取れば、管弦楽曲なら《前奏曲とフーガ、後奏曲》や《モノパルティータ》、バレエ《スケート・リンク》や《アンフィオン》《セミラミス》、膨大にある映画音楽のうち《レ・ミゼラブル》《罪と罰》《ヒマラヤの悪魔》《二番芽》などが続々と音盤化され、私たちがLPで聴いてきたオネゲル作品なぞは全仕事のほんの一部に過ぎなかったと思い知らされた。
最初のアルバムの冒頭を飾る《世界の戯れの物語》はその典型例。これが世界初録音で、邦題も《世界の戯言》と訳すべきか迷うところだ。「六人組」結成に先立つ1918年、ヴュー=コロンビエ座を主宰する歌手ジャーヌ・バトリの依頼で作曲された、オネゲル初の舞台作品である。一聴すぐオネゲル作品と気づかぬほど特異な作風であり、同じ年に書かれたミヨーのバレエ《男とその欲望》にどこか似通った、プリミティヴな憂愁を湛えた不思議な音楽だ。とはいえ、部分的には後年のオネゲルを思わせる動機が見え隠れするのも面白い。
二枚目はオネゲルのピアノ曲全集。こういうアルバムが出たことも感慨深い。なにしろオネゲルのピアノ作品で小生がよく知るのは《六人組のアルバム》に収められた「サラバンド」ただ一曲だけだからだ。アルバムを一聴すればすぐわかるが、彼の作風はおよそピアニスティックな煌めきや流麗さとは無縁だったことが再確認される。とにかく地味で内向的。それでも《バッハの名による前奏曲、アリオーゾとフゲッタ》には古典信奉者オネゲルの真髄がみられるし、《アルベール・ルーセル讃》《ショパン回想》のような親しめる小品もある。でも正直なところ、アルバムを通して聴くのは結構しんどい。
三枚目に収録された三作品は全く馴染がない方が多かろう。それもそのはず、どの曲も本ディスクが世界初録音。小生はアリー・アルブレーシュ(Harry Halbreich)のオネゲル評伝で辛うじて題名だけ知っていたが、聴くのはこのCDが初めてだ(ライナーノーツもアルブレーシュが執筆)。《スイスの祭日》は第二次大戦中に作曲され、戦後すぐパリのオペラ座で初演されたバレエ《山の呼び声》から作られた七部分からなる組曲(アンセルメ初演)。交響曲でいえば《第二》と《第三》の間の時期の作にもかかわらず、快活で開放的な音楽に驚かされる。《ラディオ=パノラミック》はジュネーヴ放送局の開局二周年を壽ぐ声楽入りの祝賀曲(シェルヘン初演)。といっても八分足らずの小品なのだが、これまた鄙びた喜ばしい気分が横溢し、埋もれさせるには惜しい佳作ではないか。最後の《ソロモンの雅歌》は1938年にパリのオペラ座で初演されたバレエ音楽。セルジュ・リファール振付、ポール・コラン美術、フィリップ・ゴーベール指揮という堂々たる布陣で舞台にかかったのに、哀れ忘却の淵に沈んだ。声楽入り、随所にオンド・マルトノが効果的に用いられた面白い作品なのに、いやはや歴史とは残酷なものだ。
というわけで、不案内なオネゲル作品ばかり延々と聴き続けたら、さすがにくたびれ果てた。最後はオネゲルゆかりの指揮者のひとり、パウル・ザッハーが指揮した《典礼風》交響曲と、《歓びの歌》《勝利のオラース》を聴く。ああ、馴染のある音楽なので故郷に戻ったようでホッと安堵。以前このCDを聴いて、ザッハーの解釈は平凡だなあと思ったものだが、どうしてどうして、オネゲルを知り尽くした指揮者ならではの堂々たる演奏ではないか。ミュンシュと比較さえしなければ、これはこれで名演なのである。