アンドレ・プレヴィンは若き日にハリウッドで映画音楽に深く関わった。なにしろアカデミー賞の音楽部門で四度も(!)受賞しているのだ。
こう書くと、なるほど、プレヴィンはかつて映画音楽の大作曲家だったかと早合点されかねないが、事実はそうではない。その証拠に、同賞での受賞作品は《恋の手ほどき》(1958)と《ポギーとベス》(1959)が「最優秀ミュージカル音楽賞」、《あなただけ今晩は》(1963)と《マイ・フェア・レディ》(1964)が「最優秀編曲賞」――すべて既存の舞台作品の映画化――であり、プレヴィンがもっぱら他の作曲家のミュージカルの編曲者として評価されたことがわかる。伝統的にハリウッドでは作曲家と編曲家の領分がはっきり分かれており、戦前の昔から映画会社はスタジオ専属のアレンジャーを何人も抱えていた。絢爛たるオーケストラ編曲技法を手中にした若き才人プレヴィンは、とりわけミュージカル映画の現場で重宝がられたのである。
ただし、これらはあくまで裏方仕事であり、プレヴィンの名を天下に知らしめたとはいえ、彼の業績として特筆すべき成果とはいえないように思う。それらのサウンドトラック・アルバムも手元にあるものの、聴こえてくるのはあくまでガーシュウィンやフレデリック・ロウであり、プレヴィン自身の音楽ではないので、追悼の場で聴くのに似つかわしくない。
プレヴィンがオリジナルの音楽を提供した映画もあるにはあったが(リチャード・ブルックス監督作品《エルマー・ガントリー 魅せられた男》1960、ロバート・ワイズ監督作品《すれちがいの街角 Two for the Seesaw》1962など)、それらの楽曲は人口に膾炙するには至らなかった。彼はヘンリー・マンシーニやミシェル・ルグランの好敵手ではなかったのだ。
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そこで今日はこんなアルバムを棚から引っ張り出してきた(→これ)。
ケン・ラッセル監督作品《恋人たちの曲 悲愴 The Music Lovers》(1970)のサウンドトラック盤LPである。云わずと知れたチャイコフスキーの伝記映画、それもラッセル監督ならではの虚実こき混ぜた「バイオピック・ファンタジー」というべき破天荒な代物――その音楽をアンドレ・プレヴィンが担当しているのである。
当時のプレヴィンはすでにハリウッドを離れ、ロンドン交響楽団の首席指揮者の地位に就いていたが、おそらくラッセル監督の強い懇願により、手兵を率いて勇躍この仕事を引き受けたのだろうと想像する。
チャイコフスキーの生涯の映画化なので全篇にチャイコフスキーの名曲が流れるのは当然として、ラッセル監督はむしろ音楽そのものが作曲家の苦悩や煩悶を浮き彫りにし、隠された内面を曝きたてる有効な手段と考え、有名無名を問わず彼の音楽を大量に投入、目くるめく炸裂する映像とじかに融合させる大胆な表現を志した。だから史実に合致しない部分も少なくない。
台詞劇というよりむしろ音楽劇。歌詞こそ伴わないものの、これはチャイコフスキーの音楽による、チャイコフスキーを主役とするミュージカル映画とも称すべき果敢な企てなのである。
そういう次第だから、この映画でのプレヴィンの起用はまさしく打ってつけだった。といっても、チャイコフスキーの既存の楽曲に彼が独自の編曲を施すのではない。むしろ、どの場面にどんな音楽を当て嵌めるのか、いかなる目覚ましい演出を施すのか。それこそがラッセル監督がプレヴィンと協働しようと欲した最大の眼目だったと考えられる。
周知のとおり、ラッセル監督はBBC在籍時に作曲家の生涯を題材とする幾多のTVドキュメンタリーを手がけている(プロコフィエフ、バルトーク、エルガー、ドビュッシー、R・シュトラウス、そしてディーリアス)。人並外れた音楽への知見を有していたはずだが、それでもプレヴィンの全面的協力は必要不可欠と考えたに違いない。
通常のミュージカル映画がそうであるように、《恋人たちの曲 悲愴》でも、撮影に先立ってすべての音楽が事前にスタジオ収録され、サウンドトラックに沿って場面ごとに細部が綿密に練られ、撮影・編集されたと考えられる。
その最も際立った典型例が、開巻一番いきなり展開される場面である。
https://www.youtube.com/watch?v=JDzvB3TAf-Y
よく晴れた冬のペテルブルグの縁日、雪景色のなかで鬚面の青年(チャイコフスキー)と金髪の友人(というか「愛人」シロフスキー伯爵)とが遊具の滑り台で興じている。子供のような無邪気さだ。周囲の群集に紛れて、チャイコフスキーを取り巻く重要な脇役たち、すなわち将来の妻ニーナ(アントニーナ・ミリューコワ)、富裕な庇護者フォン・メック夫人、冷ややかな目つきの実弟モデストまでが次々と姿をみせる。
あざとくも実に効果的な導入部だ。祝祭の猥雑な喧騒はバレエ《ペトルーシュカ》さながら(おそらくラッセル監督の発想源だろう)。しかもシークエンスの主役はあくまでも音楽であり、そこに台詞は一言もない。
まさしく息もつかせぬ光景の連続なのだが、ここで盛大に鳴り響くチャイコフスキーの楽曲がなんであるか、即答できる人がどれだけいるだろうか。【正解は文末にあり】
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そのあとはピアノ協奏曲第一番の初演時の名高いエピソードになる。友人のモスクワ音楽院長ニコライ・ルビンシュテインから罵倒された逸話である。史実では作曲中この曲を貶されたはずだが、映画では初演でピアノを弾いた作曲家がルビンシュテインから面罵されるという展開だ。客席にはチャイコフスキーの妹サーシャ(アレクサンドラ)と弟モデスト、「愛人」シロフスキー、将来の妻ニーナが居合わせ、やがてフォン・メック夫人までがお忍びで姿を見せる。
1875年の協奏曲初演の場にフォン・メック夫人が現れたのはおそらく事実とは相違し、そもそもペテルブルグ初演でもモスクワ初演でも、チャイコフスキー自身はピアノを弾いていないから、このあたり突っ込みどころ満載である。音楽学者は眉を顰めることだろう。
チャイコフスキーに扮するリチャード・チェンバレンはピアノを特訓して役作りに励んだといい、協奏曲をいかにもそれらしく表情たっぷりに弾いてみせる。もちろん実際に聴こえるのは事前に収録したラファエル・オロスコ独奏、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン響の演奏なのだが。
https://www.youtube.com/watch?v=sJklgYR0rYY
甘美で穏やかな第二楽章を奏でながら、チャイコフスキーは妹と過ごした幸福な日々を回想し(二人は恋人同士にしか見えない)、客席のニーナは自分を主役とする恋愛場面を勝手に思い浮かべる。遅れてやって来たフォン・メック夫人は特別席の高みから作曲家に熱烈な眼差しを送る。それぞれの回想や妄想がロシアの田園を背景にスクリーンに開陳されるあたり、この映画の白眉というべきロマンティックな抒情美が際立つ。音楽と映像とを巧みにシンクロさせた秀抜な演出は、ラッセル監督の独擅場というべきものだ。
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・・・とまあ、こんなふうに書いていたらキリがない。そもそもスクリーンで最後に観てから三十二年も経ち、細部の記憶も曖昧だ。
このLPには映画の全篇に流れるチャイコフスキーの音楽のほんの一部しか収録されていないが、それでもピアノ協奏曲の第二楽章が丸ごと収録され、《エヴゲニー・オネーギン》の「手紙の場」、《マンフレッド》交響曲、《1812年》序曲、そして《悲愴》交響曲などの抜粋がすべてプレヴィン指揮による鮮やかな演奏で収められる。それらの楽曲がどんな場面で、いかに意表を突く用いられ方をしているか。こればかりは本篇をご覧いただくほかあるまい。
【文中のクイズの正解/《胡桃割り人形》より「ジゴーニュ小母さんと道化たち」&《管弦楽組曲》第二番より「スケルツォ・ブルレスク」】