プレヴィン:
ダイヴァージョンズ
コープランド:
クラリネット協奏曲*
ドヴォジャーク:
交響曲 第七番
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クラリネット/トマス・マーティン(Thomas Martin)*
アンドレ・プレヴィン指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
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2010年6月3日 午後8時~
「プラハの春」音楽祭
プラハ、スメタナ・ホール(実況)
昔からチェコ・フィルハーモニーはどういうわけか客演指揮者と相性がいい。それだけ柔軟性に富んでいるということか。
あの気難しいエヴゲニー・ムラヴィンスキーが国外では唯一この楽団と共演したほか、ロジェ・デゾルミエール、シャルル・ミュンシュ、ジャン・フルネ、セルジュ・ボドといった歴代のフランス人シェフが指揮台に迎えられ、それぞれ優れた録音を残している。
パウル・クレツキ唯一のベートーヴェン交響曲全集はこの楽団との成果だし、カルロ・ゼッキとの《幻想交響曲》、ジョン・バルビローリとのフランクの交響曲、最晩年のレオポルド・ストコフスキとの共演(お得意のバッハほか)やザルツブルク音楽祭でのジョージ・セルとの実況音源もよく知られていよう。
その伝統は今もって健在であるらしい。アンドレ・プレヴィンとの共演とは些か意外な気がしたのだが(ひょっとして初顔合わせ?)、隅々まで生命の息づいた音楽が流れ出してきて、相性が抜群にいいことを強く感じさせる。
八十翁のプレヴィンは今や入念なリハーサル抜きで楽団員の自発性に委ねる流儀なので、どこかの国の「N」で始まるオーケストラの場合、なんだか気の抜けたビールのような演奏に堕しがちだが、流石にプラハの超一流の腕利きたちは違う、指揮者が思い描いたとおり、人間味に溢れた瑞々しい音楽を紡ぎ出す。さだめしプレヴィンもご満悦だろう。客演指揮はこうぢゃなくちゃね!
《ダイヴァージョンズ Diversions》とは「方向転換」「迂回」もしくは「気晴らし」の意。プレヴィンがウィーン・フィルの委嘱で1999年に作曲、翌年に初演した。四楽章からなる、云ってみれば彼なりの小規模な「管弦楽のための協奏曲」ともいえようか。
聴きやすい音楽ながら、随所に密やかな瞑想や悲愁が漂い、ブリテンとショスタコーヴィチとの類縁を感じさせる。この演奏がチェコ初演だというが、充分に手の内に入った好演。木管独奏群の巧さが光る。
続くコープランドのクラリネット協奏曲はひどく懐かしい。あれは1969年か70年か、NHK-FMで作曲者自身がベルリン・フィル(!)を指揮した実況録音が放送されたのをエア・チェックし、繰り返し聴いたものだ。独奏はカール・ライスター。渋い音色ながら絶妙な演奏だったと憶えている。それから四十年以上を経て、この曲と再会した。
しみじみ心に響く独奏に導かれ、弦楽合奏が静かに寄り添う。そうであった、これはコープランド屈指の名曲なのである。緩やかな第一楽章のあと独奏カデンツァを経て快活な終楽章、という小ぢんまりした構成。
ボストン響首席奏者トマス・マーティンは安定した技量の持ち主、この終楽章がまことに巧みである。プレヴィンの伴奏もノンシャランな雰囲気に溢れて絶妙というほかない。チェコ・フィルも機敏に反応。独奏とオーケストラが揃って見栄を切るような終結部もピタリ決まった。
そして最大の聴きものであるドヴォジャーク。プレヴィン指揮による第七交響曲はたしかロサンジェルス・フィルとの録音があったはずだが、小生は未聴。だが悪かろうわけがないのである。師匠であるピエール・モントゥーに並ぶ名演を期待しつつ聴き始めると、これが予想を更に上回る出来映えなのである。これこそ燻し銀の美しさというべきか。
ほかでもないドヴォジャークとあって、チェコ・フィルは水を得た魚さながら。プレヴィンはその旺盛な自発性におおむね委ねながら、緩急自在に音楽を導く。呼吸するように自然なドヴォジャーク。この楽章がここまで味わい深く響くことは滅多にない。それこそモントゥー以来かも。
しばしば退屈な音楽になりがちな第二楽章も抜かりない。手綱を引いたり緩めたり、適度な揺らしと緊張感を与えて飽きさせない。これがプレヴィンなのだ。管楽器のちょっとした受け渡しにも心が籠もっているし、弦楽の表情の典雅さも特筆もの。ドヴォジャークがどういう響きを念頭に置いたかがわかる気がした。
第三楽章はもう魔法さながら。フリアント(田舎のワルツといおうか)の面目躍如たる人間的な演奏だ。ドヴォジャークの書法はブラームスに比してかなり緩く杜撰、主題の出し入れなど構成的に難があるのだが、プレヴィンは繋ぎの経過部を実に巧みに処理するものだから、片時も緊張感が途切れない。それにしてもチェコ・フィルの弦楽合奏の優秀なことよ。
終楽章はドラマティコでエネルジコ。雄弁に盛り上げる弦もさることながら、ティンパニとホルンがここぞと実力を発揮する。ここでもプレヴィンの指揮は微に入り細を穿ってまことに丹念。テンポを微妙に揺らし、音量の絞り加減も絶妙そのもの。無意味な音がひとつもない。
なんという格調の高さだろう。幸せな音楽とはこのことだ。最後にブラーヴォがかからないのが不思議。わかってないなあ、プラハの聴衆たち。
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・・・と、ここまでがウェブ・ラジオで耳にしたときの感想文。期間限定のタイムフリー聴取だったので、もう二度と聴き直すことは叶わない。目の覚めるような秀演だったのに、残念至極というほかない。
ところがそれから何年か経って、これと全く同内容のエアチェック音源が某所で市販されていることに気がついた。
といっても、放送音源の違法なコピー、権利関係を無視して勝手にCD-R化した非公式な商品であり、ここで紹介するのはやはり少々気がひける。
これほどの名演なのだから、本来ならば然るべきレコード会社が正規に発売すべきところだが、今や大手レーベルはどこも青息吐息。その間隙を縫うように海賊盤が世に蔓延る。だから云ってみれば、これは正規盤の代替品と云えなくもない。禁断の音源、必要悪の一種というわけだ。
そんな戸惑いを覚えつつ、ターンテーブルにディスクを忍び込ませる。
当然ながら、聴こえてきたのはウェブラジオで耳にした音楽、曲順も含め何から何まで、そっくりそのままだ。同じように胸を打たれる。
プレヴィンが指揮した演奏会をまるごと完全収録したディスクはほとんど存在しないので、海賊盤とはいえ、これはまさしく価千金の一枚であろう。いつの日か、これを正規盤として手にする機会が到来するのを心から願っている。