エーリヒ・ラインスドルフ Erich Leinsdorf (1912–1993) は実力に比して人気が伴わず、生前も歿後も話題になることの甚だ尠い不遇な指揮者である。いかにも「田舎のおっさん」めいた風貌が災いしたのか?
メトロポリタン歌劇場やボストン交響楽団で然るべきポストを得て、少なからぬ録音を成し遂げたのに、フリッツ・ライナーやジョージ・セルのように長く語り継がれる伝説と遺産を後世に残せなかったのである。
少し前、"The Art of Erich Leinsdorf" なる40CDsのボックスセットが出た(韓Artis, 2017 →これ)。なにぶん大きすぎる組物だったので一向に食指が延びなかったが、よくよく中身を検討すると、滅多に目にしない演目が含まれている。善は急げとばかり、そのうちの一枚を某オークションで落札してみた。
CD 38)
ブラームス:
交響曲 第四番
エーリヒ・ラインスドルフ指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
1966年5月16日、プラハ *「プラハの春」音楽祭ライヴ
ドビュッシー(ラインスドルフ編):
組曲《ペレアスとメリザンド》
エーリヒ・ラインスドルフ指揮
クリーヴランド管弦楽団
1946年2月22、24日、クリーヴランド *米Columbiaセッション録音
お目当ては言うまでもなく後半のドビュッシーだ。
ラインスドルフがドビュッシーの歌劇から前奏曲と間奏曲と終盤の音楽を抜き出して繋ぎ合わせ、二十分強の演奏会用組曲を編んだ事実は、ドビュッシー愛好家の間では(ある程度は)知られていたと思う。
古くはピエール・モントゥーの実況録音が存在し、新しくはクラウディオ・アッバードがベルリン・フィルを指揮したライヴが正規録音として発売され(Deutsche Grammophon)、そこそこ話題になったように憶えている。数年前、パリ管弦楽団の来日公演でダニエル・ハーディングがこれを披露したのも記憶に新しい。
そもそも《ペレアス》から肝心の歌唱を省いて、あとに何が残るのかという議論はさておき、オーケストラの演奏会でもドビュッシーの最高傑作を味わいたいという気持ちは、まあ分からなくもない。
ラインスドルフは戦前ヨーロッパ各地の歌劇場で活躍し、幅広いレペルトワールを手中に収めていたが、かねてから《ペレアス》に魅せられ、その全幕を指揮する機会を待ち望んでいたらしい。念願が叶ったのはアメリカ亡命後の1938年秋。サンフランシスコ歌劇場で初めてこのオペラ上演を振ることができた。翌年のシーズンにはニューヨークのメトロポリタン歌劇場でも《ペレアス》を指揮したが、さほど評判にもならず、その後は沙汰止みになった。
これを残念がったラインスドルフは1943年からクリーヴランド管弦楽団の常任指揮者となったのを機に、《ペレアス》から管弦楽組曲を拵える作業に取りかかり、定期演奏会で採り上げるとともに、1946年にはスタジオ収録した。無論これが世界初録音である。
今ターンテーブルで廻っているのがまさにその音源。おそらく初のCD覆刻ではあるまいか。
あまり盤質のよくないSP(もしくは初期LP)からの「板起こし」なので音のクオリティは芳しくないが、それでもラインスドルフが大いなる意欲と共感をもって録音に臨んだことは実感できる。聴こえてくるのは紛れもなく円熟を迎えたドビュッシーの音楽そのものだ。オーケストレーションの妙もそれ相応に聞き取れる。
とはいえ、二時間半はかかる《ペレアス》上演に比して二十分余はあまりに短く、森で見出された乙女はたちまち不倫の恋に堕ち、直ちに死の床に就く。いかにも慌ただしい展開である。まあ、これが不満ならば全曲上演を求めて歌劇場へ赴くに如くはあるまい。