初めてジャン・ヴィゴ作品を観たのは1979年のことだ。中野公会堂での上映会だと今まで思い込んでいたのだが、手控え帖で調べると、それは6月13日、アテネ・フランセ文化センターでの上映会とある。《新学期・操行ゼロ》と《アタラント号》の二本立てだった。
なぜ観に行ったのかは容易に想像がつく。当時の小生は大学生協でアルバイトしており、同じ職場で文房具のセクションを担当していた年長の嘱託「ナベさん」こと渡辺氏から夭折の天才ヴィゴの凄さを吹聴されていたからだ。当時ナベさんはフィルムセンターや名画座に足繁く通いながら、密かにオリジナルのシナリオを書き溜めていた。もちろん映画になるアテなど全くないままに。
ナベさんは《操行ゼロ》のアナーキーな魅惑を熱っぽく語ったが、小生が好んだのは断然《アタラント号》のほうだった。いや、「好んだ」などという生易しい修辞では表し足りない。観るなり、一気にこの作品の抗しがたい魔法に惹き込まれ、身も心も魅了されてしまったのである。
中野公会堂での上映会は「カトル・ド・シネマ」なる自主上映団体の主催だそうで、こちらは半年後の1980年1月19日、《アタラント号》とイングマール・ベルィマンの《叫びとささやき》との二本立てとメモにある(水と油だ!)。そうだったのか、併映作のことは全く記憶にないなあ。
アテネ・フランセでも中野公会堂でも、《アタラント号》のプリントは16ミリだったはずだが、ちゃんと日本語字幕が入っていた。なぜそう断言できるかといえば、川を旅する平底船アタラント号の甲板の上で、老船員のミシェル・シモンが戯れに一人でレスリングに興ずる場面で、字幕に「これはギリシャ・ローマ式だぞ」と出たのを憶えているからだ。言うまでもなく「グレコ=ローマン・スタイル」のことだ。
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同じ1980年の6月7日、名画座の銀座ロキシーでフランソワ・トリュフォー監督の二本立てを観た。《アデルの恋の物語》と《恋愛日記》だ。
《アデルの恋の物語》は再見だったはずだが、途中で息が止まるほど驚いた。ヴィゴの《アタラント号》と同じ音楽があちこちで出てくるからだ(→例えばこのクリップの11' 02" 以降)。
今ではよく知られるように、トリュフォーはヴィゴ作品を熱愛するばかりか、その映画音楽を担当したモーリス・ジョーベール Maurice Jaubert にもやみがたい憧れを抱き、自作の音楽をジョーベールに委ねることを決断した。
といっても、ジョーベールは第二次大戦で戦死した故人なので、彼が戦前に作曲したさまざまな楽曲(映画音楽、劇音楽、管弦楽など)を手あたり次第にかき集め、そのなかから相応しい音楽を選び出して自分の映画のサウンドトラックに再利用したのだ。
上に挙げた《アデルの恋の物語》と《恋愛日記》、それに《トリュフォーの思春期(=お小遣い)》と《緑色の部屋》――実に四本ものトリュフォー作品がジョーベールとの「コラボレーション」になる。生者と死者の霊的交感にことさら関心を寄せたトリュフォーらしい企てである。
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昨日、本当に久しぶり(四半世紀ぶりくらいか)に《アタラント号》を映画館で観た。最新のデジタル技術による修復版という触れ込みだったが、見始めるともう、そんなことはどうでもよく、ひたすら涙を流しながら陶然と画面に見惚れていた。この作品を観ると決まってそうなるのだ。
トリュフォーの顰みに倣って、今日はモーリス・ジョーベールの音楽を聴こう。ただし音源は手元にそう潤沢にあるわけではない。
1980年代初頭(今だってそうだが)、ジョーベールの音楽を耳にする機会はごく稀だった。ちょうどその時期、小生が秋葉原の中古レコード店でたまたま見つけた一枚のLPはまさしく旱天の慈雨さながらだった。
1958年にフランスのヴェガ社から出たアルバム "25 ans de musique de cinéma" がそれだ(Véga, C 30 A 98)。ミヨー(《アクテュアリテ》1928)、ソーゲ(《ファルビック》1946)、ジョゼフ・コズマ(《夜の門》1946)、オーリック(《オルフェ》1950)、モーリス・ジャール(《ユトリロの世界》1954)、モーリス・ル・ルー(《赤い風船》1956)と並んで、冒頭にモーリス・ジョーベールの代表的な映画音楽を三つ収めている。《巴里祭》と《霧の波止場》、そして《アタラント号》である。
音源は往時のサウンドトラックではなく、新規にセッションを組んだスタジオ収録。指揮を委ねられたのは新進気鋭のセルジュ・ボド。当時は自身も映画音楽の分野で活躍していた。
まことに重宝な、当時としては類例のない試みであり、ヴェガ社主で企画者のリュシアン・アデス(Lucien Adès)が自らナレーションを担当する力の入れようである。
《アタラント号》の音楽はわずか三分足らずであるが、冒頭で川船の船長に嫁いだ娘が花嫁姿のままアタラント号の甲板の上を歩く、あの忘れがたい場面で流れる楽曲が聴ける嬉しさは何物にも代えがたく思えたものだ(→これ)。
少しして渋谷の中古レコード店の「サントラ盤LP特集」で、《アデルの恋の物語》のサントラ盤LP(仏EMI, 1975年 →これ)を手に入れた。上述のように、ここにはジョーベールの旧作からトリュフォー監督が選び出した音楽が収録され、ここで《アタラント号》からの楽曲が六曲(行列/アタラント号/フォックストロット/円舞曲/ブルーズ/無題)聴ける。
これとて収録時間は総計十五分ほどだが、ジョーベールがこの映画のために書いた音楽のエッセンスが凝縮されており、聴くたびに涙してしまう。銀座ロキシーで《アデルの恋の物語》を観たとき驚愕した音楽とはまさしくこれだ。
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その後も小生はジョーベール作品の音源蒐集を心がけてきたが、僅かな歌曲や合唱曲を除けば、捗々しく進まなかった。結婚式に賓客としてラヴェルが列席するほど将来を嘱望されながら、第二次大戦で生命を絶たれたため、円熟期の作品が残せず、もっぱら映画音楽の領域で先駆者として知られるばかりで、クラシカル音楽の作曲家としては依然マイナーな存在に留まっている。
21世紀に入って間もなくだったろうか、ネット経由で洋書の古本が容易に探せるようになって、フランスの古書店からモーリス・ジョーベール唯一の評伝を取り寄せた。
François Porcile:
Maurice Jaubert -- Musicien populaire ou maudit ?
Les Editeurs Français Réunis. Paris
1971 →書影
フランソワ・ポルシルは博識な研究家で、フランスの映画音楽、とりわけジョーベール作品の探索に早くから携わっていた。
1970年代にトリュフォー監督が自作にジョーベールの音楽を用いようと考えたとき、その相談相手として埋もれた楽譜を捜し出し、選曲を手助けしたのは、ほかでもないポルシルその人だった。上に挙げた《アデルの恋の物語》のLPでも彼がライナーノーツを執筆している。
この本は平易なフランス語ということもあり、熱心に読んだものだ。ジョーベールの生涯と仕事が丹念に跡づけられ、書簡や同時代文献からも多くの引用がなされている。巻末のジョーベール全作品リストもきわめて有用である。
同書の巻末にはジョーベール作品の未発表の放送音源が数多く列挙されている。そのなかでひときわ目を惹いたのは、1952年11月27日に収録されたという「モーリス・ジョーベール音楽祭」の実況録音である。《バラード》《戦時のための詩篇》《ジャンヌ・ダルク》《地理学》《復活祭の時節のためのカンタータ》といった知られざる管弦楽作品がこのとき上演され、その多くは声楽入りだという。演奏はフランス放送国立管弦楽団と同合唱団、指揮はなんとジャン・マルティノンだという。
そんな貴重な音源が放送局アーカイヴに現存するのなら、どうにかして聴いてみたいものだ。フランスのINA(国立視聴覚研究所)の歴史的音源シリーズ "Mémoire vive" あたりでCD化されないだろうか。
だが、小生のようにジョーベールの純音楽作品に関心を抱く者が世界中にどれほどいるかを想像すると、どうやらそれも望み薄だろう。幻の音源を耳にするのは夢のまた夢。諦めるほかないだろう。
ところが昨年になって、それが正夢になったのだ。
"Concert Maurice Jaubert"
ジョーベール:
バラード《ルイスの交響曲》作品44b (1934)
《戦時のための三つの詩篇》作品89* (1940) ◆世界初演
シャルル・ペギーの詩による《ジャンヌ・ダルク》 作品61** (1936–37)
《地理学》作品66*** (1937)
《復活祭の時節のためのカンタータ》作品47**** (1931/35)
ジャン・マルティノン指揮
フランス放送国立管弦楽団
フランス放送合唱団* ** *** ****
ソプラノ/ジャクリーヌ・ブリュメール** ****
メゾソプラノ/ジャンヌ・ド・ファリア***
テノール/ジャン・ジロドー****
バス/ジョルジュ・プティ***、リュシアン・ロヴァノ****
1952年11月27日、パリ(実況)
DCM Classique DCMCL 210 (2017, 2CDs) →アルバム・カヴァー
今、まさにその二枚組CDの封を切ろうとしているところである。