生まれて初めて親しんだプロコフィエフの楽曲はなんだったか?
大概の人は《ピーターと狼》、さもなくば《古典交響曲》を挙げるのだろうが、臍曲がりな小生は交響曲第六番だったと答える。
七曲(改訂版を含めれば八曲)ある彼の交響曲のうちでもひときわ晦渋で悲劇的、プロコフィエフ全作品中「極北」と呼ぶべきこの手強い曲に、小学生の時分から親炙していた。そうと書くと、いかにも自慢話めくが、これが本当なのだから致し方ない。
ただし、いきなり全曲に親しんだのではない。第三楽章(終楽章)冒頭のヴィヴァーチェ主題――暗く深刻なこの作品のなかで、唯一ここだけ快活で諧謔味に満ちた部分――がどういうわけか、民放TV局のニュース番組の開始音楽として毎夕きまって流れたのだ。それが耳について離れず、いつしか口ずさむようになった。無論それが誰の何という曲なのか知らずに。曲名が判明したのはずっとのち、中学三年生になってクラシカル音楽をラジオで浴びるほど耳にするようになってからだ。
プロコフィエフ《第六》の恐るべき真価を思い知ったのは、1975年5月21日、レニングラード・フィルの来日公演でだ。指揮者はもちろん、1947年にこの交響曲の世界初演を手がけたエヴゲニー・ムラヴィンスキー。
これには打ちのめされた。第一楽章冒頭の不協和音の連打から、終楽章最後のユニゾンの絶叫まで、一瞬たりとも弛緩なく、誰にも止めることのできない苛烈で容赦なき展開に、極度の緊張から呼吸するのも困難なほど。肺腑を抉るような演奏とはまさしくこれだ。わが内臓には、四十数年後の今も、そのとき抉られた跡が空洞となって残っている気がする。
CDでこれに近い感銘を味わえるのは、やはりムラヴィンスキーの実況録音を措いてほかにはない。とりわけ1967年にプラハでステレオ収録されたライヴ(→アルバム・カヴァー)は、この交響曲の真の姿を開示した究極の名演というべきだろう(→こちらでどうぞ)。
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この凄絶無比の演奏をいったん知ってしまうと、他のどんな指揮者による解釈も軟弱で不徹底で底が浅く、どうにも物足りなく感じてしまう。かつてロンドンでウラジーミル・ユロフスキーが俊敏と峻厳を見事にないまぜた実演を披露していたが、彼にはまだ《第六》の録音がない。
そんなわけで、古いところではユージン・オーマンディ(存外これが秀逸なのだ)、近年の録音でレナード・スラットキン、マリン・オールソップ、サカリ・オラモのCDを掲げておく。ムラヴィンスキーの解釈を知らなければ、それぞれ見どころのある優れた演奏なのだが。