過ぎ去ろうとするドビュッシー記念年を惜しみながら、よく晴れた寒い朝に聴く歌曲アルバム。往年のカナダの名花ピエレット・アラリー(1921~2011)による華やいだ典雅な歌唱である。
つい最近、某オークションにて安価で手に入れたアルバム。戦前のSP録音に手を加えず、そのままの音質で覆刻することで知られる英Pearl社から出たCDだが、これは珍しくLPからの覆刻(板起こし)。
1956年3月(当CDに1953年頃と記載されるのは誤り)にニューヨークで米Westminster 社がスタジオ収録、ドビュッシー、ラヴェルそれぞれLP一枚のアルバムとして出されたものだ。オリジナルはいまや稀覯盤と化し、小生も見たことがない。ここで用いられたLPは英Westminster のLPだというが、よほど盤の状態がよかったのだろう、音質はまことに上乗である。
ピエレット・アラリーは夫レオポルド・シモノーとの鴛鴦コンビで欧米の歌劇場で一時代を劃したソプラノなので、本CDのライナーノーツでも専らオペラのキャリアに記述の大半が割かれ、このドビュッシーとラヴェルの歌曲アルバムがどのような経緯で録音されるに至ったのかは皆目わからない。それこそが知りたいところなのだが。
それはともかく、アラリーの歌唱はオペラティックな誇張や大仰な歌い上げとは無縁なものだ。あくまでも可憐で透明、適度なコケットリーを滲ませた、やや軽めな声質はフランス近代歌曲に似つかわしい。
とりわけドビュッシー初期のソプラノ歌曲にはこの軽やかさがうってつけであり、曲によっては、ほぼ同世代のジャニーヌ・ミショーのドビュッシー・アルバム(仏EMI)よりも好もしく感じられる。
ラヴェルでは《博物誌》が出色。語りかけるような唄いっぷりで、皮肉なユーモアが巧みに表出される。たいそう見事なものだ。
アラリーのドビュッシー&ラヴェル歌曲集はのちにDeutsche Grammophon から出た7CDsボックス "Léopold Simoneau and Pierrette Alarie: Opera Recitals and Lieder" にも収録されており、おそらく音質はそちらが上(原テープから覆刻したのだから)だろうが、小生はこのPearl盤があれば充分である。対訳はおろか、仏歌詞すら未掲載だが、ネット上でいくらでも参照できるので不自由は感じない。
ピエレット・アラリーは夫シモノーとともに1970年にモントリオールで《メサイア》を歌ったのち引退、その後はサンフランシスコで後進の指導にあたり、カナダのヴィクトリアで1982年か88年まで「カナダ・オペラ・ピッコラ」を主宰して、若い世代が舞台に立つ機会を与えたそうだ。