年ごとに
髪は うすらぎ 肌は 黄ばむ
おたがいが 自分以上に 相手を 知っている
場合は 理解しやすい
ひとは 無言で語り 言葉で沈黙する
口は から回りする
沈黙は 十九種類からできている
(それ以上でないとすれば)
おたがいのこころと ネクタイを 見て
彼らは 腹を立てた
彼らは 三枚のレコードをかけた 蓄音機のようだ
それは 神経を疲らせる
だますとき いくたび まともに
顔を ながめ合ったろう
自分のこころは なんとか だませよう
相手のこころは だませない
いくじなく生きて 見すぼらしくなった
今は 生地【きじ】そのもの
たがいに おどろくほど 似かよっている
それは 当然だ
柵【さく】中の動物のように 彼らは にぶくなった
いちども 彼らは 逃げなかった
そして ときおり 第三者が檻【おり】の前に立つ
それは 彼らを怒らせる
彼は 囚人となって ベッドによこたわる
そして かすかに うめく
そのあいだに彼らの夢が ベッドとクッションで 鎖と
棺【ひつぎ】をつくる
歩くにも すわるにも 寝るにも
彼らは ふたりづれ
語りつくし 黙りとおした
今は......時だ
いやはや、昔はそうでもなかったが、今こうして接すると、なんとも身につまされる、ほろ苦い詩句であることよ。
もうお分かりの方もおられようが、これはエーリヒ・ケストナーの『人生処方詩集』の一篇である。邦訳者は、これまた言うまでもなく、小松太郎その人だ。私たちの世代は『エミールと探偵たち』も『ファービアン』も『消え失せた密画』も『雪の中の三人男』も『ザルツブルク日記/一杯の珈琲から』も、ケストナーはどれも小松太郎の達意の名訳で親しんだ。
ケストナー『人生処方詩集』の原題は "Doktor Erich Kästners Lyrische Hausapotheke" すなわち「エーリヒ・ケストナー博士の抒情的家庭薬局」という。これは読者の症状に応じて、適切な詩篇を処方して差し出す、きわめて実用的・即応的な詩集なのだ。
詩集の冒頭には目次とは別に「使用法(索引つき)」なるページがあり、そこを見ると「年齢が悲しくなったら」「貧乏に出あったら」「なまけたくなったら」「ホームシックにかかったら」「生きるのがいやになったら」などの病状別に、どのページを開けば効き目のある詩に出会えるかが明示される。ノイエ・ザッハリヒカイトの詩人らしい、ウィッティで人を喰った仕掛けである。
ちなみに、上に引いた「ある種の夫婦」は「結婚が破綻したら」の症状に対して処方されている。
この詩集に『抒情的 人生処方詩集』(1952年に初めて出た創元社版)と邦題をつけて訳出した小松太郎のセンスには脱帽である。現行の岩波文庫版の帯の惹句を引くならば、本書は「悩めるオトナのための読むクスリ」なのだ。
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だがしかし、源ちゃんの朗読を耳にして、うーむ、なんだか、どこか微妙に違う気がするとお感じになった方がきっと何人かおられただろう。
番組で読まれた訳文は、上記の岩波文庫版(すなわち同書が依拠する1966年の角川文庫版)『人生処方詩集』(改訳版)によるもので、かつて多くの人々が魅了され愛誦したという初出『抒情的 人生処方詩集』(創元社、1952)とは、修辞が少しずつ異なるからだ。ちなみに、現行のちくま文庫版はこの最初の創元社版を底本にしている。
そちらからも引いておこう。題名はこちらは「ある夫婦」。小生はこの最初の訳文のほうが遥かにいいと思う。きびきび歯切れがよく、しっくりくるからだ。
歩くにも 坐るにも 寝るにも
彼らは二人づれ
語りつくし 黙りとおして
はるばる来た
一年ごとに
頭髪【かみ】は薄らぎ 皮膚は黄ばむ
今では自分よりも相手の方がよく解る
事情は はっきりしている
彼らは沈黙で語り 言葉で沈黙する
口は空転する
沈黙は十九種類から成り立つ
(さもなければ もっと多くの種類から)
彼等はふたりの魂とネクタイを見て
腹を立てた
彼は三枚のレコードをかけた蓄音機のようだ
それはイライラする
嘘をつくとき 何度
相手の顔を見詰めたろう!
仮りにわが心をいつわることは出来ても
相手をいつわることは出来ぬ
彼らは意気地なく生きて 見すぼらしくなった
今は彼らは純粋だ
彼らは驚くほど似かよっている
それは当然だ
彼らは格子の中の動物のように鈍感だ
彼らは決して逃げない
そしてときどき檻の前に第三者が立つと
彼らを憤慨させる
夜は囚人のようにベッドに寝て
しずかにうなる
その間に彼らの夢は ベッドと枕を
鎖と柩【ひつぎ】に変える
歩くにも 坐るにも 寝るにも
彼らは二人づれ
語りつくし 黙りとおした
今は......時だ
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小松太郎は戦前からケストナーと文通していた。彼は日本での映画公開に便乗して相次いで出た『エミールと探偵たち』の邦訳(訳者は小松とは別人。当時の邦題は『少年探偵団』)を原著者宛てに送ったらしい。
その返礼として、ケストナーからは1937年1月付の献辞入りで "Doktor Erich Kästners Lyrische Hausapotheke" の初版本が送られてきた。「日本語版の『エミール』のご送付に感謝します」の添え書きつきで。
戦後七年して、小松太郎が『抒情的 人生処方詩集』を上梓したのは、戦前からの宿願の成就だったはずだ。