寒い朝、寝坊して遅く起きると、ミクシィから通知メールが届いている。曰く、「
今日は牡丹亭 と庵さんのお誕生日です!」。ふう、と深い溜息。
「牡丹亭 と庵」とはシナリオライター高田純さんが自ら好んで名乗った雅号である。無類の映画好きが昂じて評論家を経て、脚本家として頭角を現し、《必殺色仕掛け》から《ピンクのカーテン》に至る日活ロマンポルノ、神代辰巳監督の《恋文》(1985)と《離婚しない女》(1986)、若松孝ニ監督の《餌食》(1979)などの脚本を手がけた人物だ。
後年もっぱらTVドラマの脚本に携わられたが、志はやはり日本映画にあった。2011年4月21日、持病の心臓疾患が悪化して急逝された。その高田さんが最晩年までミクシィで日々の暮らしや、好きな映画や音楽のことを書き綴っていたのである。
高田さんは亡くなる直前まで意気軒昂として、常にこれから実現したい企画に夢を託していたが、同時にこれまでの人生を顧みて、思い出の映画や懐かしい楽曲についても多くを語っていた。涙なくして、それらの投稿記事を読むことができない。
2011年2月2日、というから、急逝されるわずか二か月前(東日本大震災の一か月前)、映画音楽の巨匠ジョン・バリーの訃報に接した高田さんは、ふとこんな感慨を漏らしている。
『007シリーズ』、『真夜中のカーボーイ』、『冬のライオン』 『夕なぎ』、『愛と哀しみの果て』、『ダンス・ウィズ・ウルブス』……。
枚挙に暇のないほどの名映画音楽を残した、ジョン・バリーの死を知る。
その作品の数々はどれも耳に印象深いが、 私にとっての代表作は何といっても1972年の名作『フォロー・ミー』。
主演ミア・ファーロー&トポル、監督キャロル・リード、原作脚本ピーター・シェーファー。
いつかこんな映画を作りたいと思いながらここまでやってきた、 文句なしのマイ・ベスト・フェイバリット・ムービーだ。
https://www.youtube.com/watch?v=UIKT_n7qTro
冒頭のメロディが流れた途端、今でもパブロフの犬のように涙ぐんでしまう自分がいる。
かつて角川映画の『探偵物語』に携わったとき、 赤川次郎が明らかにこの映画へのリスペクトを込めて書いた原作を、 ミア・ファーロー=薬師丸ひろ子、トポル=松田優作と定めて脚色に臨んだが、 思うことのすべてをやりきれなかった、非力と悔恨を昨日のことのように思い出す。 高田純さん。もしもお元気だったら、今日のお誕生日で七十一歳になる。
追記)
注記しておくと、引用文中で高田さんが言及している根岸吉太郎監督作品《探偵物語》(1983)は鎌田敏夫の脚本とされるが、実際には遅延が甚だしい鎌田に代わって荒井晴彦と高田純が共同執筆した。にもかかわらず、完成作品では角川春樹事務所側の意向により、鎌田の名のみがクレジットされた。いろいろ製作過程で紆余曲折があったらしく、高田さんが「思うことのすべてをやりきれなかった、非力と悔恨」と記すのは、そのあたりの複雑な裏事情を指しているようだ。