実演と並行して、新譜CDも驚異的なペースで矢継ぎ早に登場した。
さまざまな作曲家がドビュッシーに捧げたオマージュ曲を丹念に集めた意欲的なアルバム『ドビュッシーの墓』が4月に、《前奏曲集》第一巻(再録音)と《聖セバスティアヌスの殉教》ピアノ版とを組み合わせた魅惑のアルバム『ドビュッシーの夢』が5月にそれぞれ発売され、大手レコード店の新譜棚に隣り合って面陳された。
この二枚のディスクの聴体験がまだ鮮やかな7月、今度は書店の新刊書のコーナーに、青柳さん初のCDブック『ドビュッシーのおもちゃ箱』が並んだのには、思わず目を丸くした。
研究家・文筆家としても、上述のCDブックにドビュッシーとメルヘンについての詳細な論考が収められたほか、10月には青柳さんの監修によるムック本『ONTOMO MOOK:ドビュッシー ピアノ曲の秘密』が出て、多彩なアプローチでドビュッシーの魅力を浮き彫りにした。中山七里、高階秀爾、鈴木晶ら八人のゲストとの「ドビュッシー対談」は無類に面白い読み物である。
その合間を縫うように、9月には(これはドビュッシー本ではないが)綿密かつ刺戟的な書き下ろし評伝『高橋悠治という怪物』まで上梓されたのだから、青柳さんこそもう一人の「怪物」ではないか、などと密かに思ったものだ。
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そして今日、新刊書店の店頭に、青柳さんのもう一冊のドビュッシー本が積まれた。『ドビュッシー最後の一年』(中央公論社 →書影)がそれだ。奥付の発行日は「2018年12月10日」――まさしく今日である。
これはちょっと凄い本だ。ドビュッシー「最後の一年」、すなわち1917年3月から彼が歿する翌18年3月までの一年間に照準を合わせ、最晩年の作曲家の営みに肉薄しようとする内容である。
といっても、末期癌に冒されたドビュッシーの心身はもう作曲できる状態になく、痛みを堪えてヴァイオリン・ソナタ初演のピアノを弾いたほかは、音楽活動と呼べるものはほぼ皆無だ。
にもかかわらず、青柳さんはこの「最後の一年」にドビュッシーが交わした手紙、語った言葉、出かけた演奏会、周囲の人々の証言などから、最晩年のドビュッシーの胸に去来したに違いない想念の数々――むしろ「見果てぬ夢」と呼ぶべきもの――を驚くほど鮮明に浮かび上がらせる。
戦時下での病苦と困窮、未完成に終わったオペラへの無念、次世代の作曲家たちとの緊張を孕んだ関係、自作の演奏家たちへの不満と失望、最後まで続いたシェイクスピアへの憧憬・・・。
作曲家がやり残したこと、思い残したことはあまりにも多かった。だからドビュッシーの「最後の一年」は、青柳さんの言葉を借りるならば、まさしく「痛恨の一年」だった。
読み進めるうちに、ドビュッシーの生きた五十五年の生涯が、それこそ走馬灯のように去来する。作曲家の末期の眼にフラッシュバックされたはずの映像が、私たちの眼前にも鮮やかに再生されるかのよう。青柳さんの筆力の凄さを改めて思い知る。
東京からの帰りの車中で読了。ドビュッシー記念年を締めくくるのに相応しい、ひしひしと胸に迫る痛切な読書体験だった。
昂奮を抱いて帰宅すると、家のポストに小包が届いている。なんと青柳さんが同書を贈呈してくださったのだ。