すっかり気分がドビュッシーづいたところで、アルバムをもう一枚、これはとても懐かしい演奏である。
ドビュッシー:
《牧神の午後への前奏曲》(室内楽版/ベンノ・ザックス編)*
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ**...
チェロとピアノのためのソナタ***
フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ****
《シュリンクス》*****
ボストン交響楽団チェンバー・プレイヤーズ
■ ヴァイオリン/ジョゼフ・シルヴァースタイン、マックス・ホバート、ヴィオラ/バートン・ファイン、チェロ/ジュールズ・エスキン、コントラバス/エドウィン・バーカー、フルート/ドリオット・アンソニー・ドワイヤー、オーボエ/ラルフ・ゴンバーグ、クラリネット/ハロルド・ライト、古代シンバル/エヴァレット・ファース、フランク・エプスタイン、ピアノ/ギルバート・カリッシュ、ハルモニウム/ジェローム・ローゼン*
■ ヴァイオリン/ジョゼフ・シルヴァースタイン**
■ チェロ/ジュールズ・エスキン***
■ ピアノ/マイケル・ティルソン・トマス** ***
■ フルート/ドリオット・アンソニー・ドワイヤー**** *****
■ ヴィオラ/バートン・ファイン****
■ ハープ/アン・ホブソン・パイロット****
1978年4月*、1970年2月、ボストン、シンフォニー・ホール
Deutsche Grammophon 00289 479 7781 (2017)
→アルバム・カヴァー
もともとはドビュッシーの三つのソナタと《シュリンクス》をLPの表裏に収めた一枚。腕利きのボストン交響楽団の首席奏者たちが集い、指揮者でピアノの名手でもあるティルソン・トマスと組んでアンサンブルの妙技を披歴するという特別なアルバムだった。
いずれもシャルル・ミュンシュの薫陶よろしきを得た連中だからドビュッシー解釈にも一家言あって当然だろうし、むしろプライド高く「自分たちの音楽」として自家薬籠中のものとしていたと想像される。
さすがにフランス本国の奏者たちとは流儀が違うのは当然だが、これはこれで立派にドビュッシーたりうる名演奏だ。こんな面々がずらり揃っていたのだから、往時のボストン響は恐るべし。小澤征爾が結局ドビュッシーを録音しなかったのは、ひょっとして彼らに恐れをなしたからかも。
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最近になって入手したこのCD覆刻盤は初出と同じジャケット(ドビュッシーに印象派のモネという、昔はよく行われていた流儀である)に装われているのが床しくも懐かしい。
しかも冒頭には八年後の1978年に収録した《牧神の午後への前奏曲》室内楽版という珍品がフィルアップされている。
かのシェーンベルクがウィーンで催していた予約演奏会で奏されたという曰くつきの小編成版であり、初出LPではベルク、シェーンベルクの諸作と組み合わされていたはずだ。
小生のあやふやな記憶によれば、LPが出た時点でこれはハンス・アイスラー編曲となっていたような気がする。たしかその後の研究で、同じシェーンベルク門下のベンノ・ザックス Benno Sachs(1882~1968)の手になる編曲だと判明した、という経緯だったと思う。
それにしても、この「シェーンベルク版」の《牧神》編曲はなかなか上出来であり、たった十二人の小編成からドビュッシーの原曲の雰囲気を巧みに醸しだす。ハープの代わりにピアノが用いられているが、違和感はほとんどない。