つい先日のこと、ネット上での知友の庭夏さんが残業の帰りにこうツイートした――「頭から湯気が出るくらい頑張ったので今日はもういいでしょう。帰りはピオーたちによる名盤《見える笛、見えない笛》。象徴主義とサロンの重なるところです。10年ぶりくらいに聴いたけれど、いいね。」
お会いしたことはないが、彼は信頼のおける聴き巧者である。三十代前半の盛りゆえ仕方ないのだが、働きづめに働かされ、音楽を聴く猶予は、もっぱら出退勤の自家用車の運転時間に限られているらしい。
その庭夏さんが疲れを癒すのに聴いたアルバム《見える笛、見えない笛》は、まことに掬すべき名盤だと思う。彼の呟きに思わず膝を打ち、小生もCD棚の奥から取り出した。ただし実際に聴いてみる歓びは、数日後の誕生日まで取っておいた。お楽しみはこれからだ。
"Une flûte invisible... / Musique française à l'aube du XXe siècle"
ドビュッシー: パンを呼び出すために ~《六つの古代碑銘》
カプレ: 小さい円舞曲***
ドビュッシー: パンの笛* ~《ビリティスの三つの歌》
ドビュッシー: 蛇使いの踊り手のために ~《六つの古代碑銘》
ルーセル: パンの歌***
ゴダール: ほら!**
ドビュッシー: 夜が幸多きために ~《六つの古代碑銘》
ドビュッシー: 髪の毛* ~《ビリティスの三つの歌》
ルーセル: 夜鶯、愛しいお前** *** ~《ロンサールの二つの歌》
ピエルネ:ほら、目には見えねど* ~《三つの小唄》
ドビュッシー: あるエジプト女のために ~《六つの古代碑銘》
カプレ: 夢***
ドビュッシー: 牧神**
サン=サーンス:見えない笛** ***
ドビュッシー: 名もなき墓のために ~《六つの古代碑銘》
ドビュッシー: ナイアスらの墓* ~《ビリティスの三つの歌》
ドビュッシー: シュリンクス(パンの笛)***
カプレ: ほら、目には見えねど笛のひとふし** ***
ドビュッシー: 雨の朝に感謝するために ~《六つの古代碑銘》
カプレ: 聞けよ、わが心*
ルーセル: 空よ、大気よ、風よ** *** ~《ロンサールの二つの歌》
サン=サーンス: ほら!* **
ソプラノ/サンドリーヌ・ピオー*
テノール/エルヴェ・ラミー**
フルート/ジル・ド・タルーエ***
ピアノ/アルテュール・スホーンデルヴールト
2004年11月3~6日、アランソン楽堂
Alpha 096 (2006) →アルバム・カヴァー
選曲も歌唱も演奏も申し分なく、庭夏さんが「いいアルバムですよね…。最初に聴いたときにサン=サーンスとドビュッシーは別に断絶してるわけではないというのがよくわかって、自分としてははたと膝を叩いたのを覚えとります」と評する言葉がすべてを物語っていよう。
ヴィクトール・ユゴーのどちらかというと凡庸な詩「ほら! 眼には見えない笛が Vien! - une flûte invisible」が世代を超えて多くの作曲家に附曲されているところから発想され、ドビュッシーの《六つの古代碑銘》を要所要所に差し挿んで周到に構成された絶妙なアルバム。
新派も旧派もない、ここにあるのはフランス音楽の精髄なのだ!