どこにも出かけず、こつこつ地道に調べもの。そう書くと聞こえはいいのだが、要するに俄か勉強なのである。
玄関の呼び鈴が鳴り、正方形の荷物が届いた。厳重な梱包を解くと、なかから二枚のSPレコードが姿を現した。幸いにも無傷である。ご存知のように、LPのような塩化ビニールでなくシェラックという脆弱な素材を原料とするSP盤は、薄焼き煎餅のように割れやすいのだ。
レコードといっても中身は音楽ではなくフランス語の朗読である。
ジャン・コクトーが書きおろし、名女優ベルト・ボヴィ(Berthe Bovy)が1930年にパリのコメディ=フランセーズで初演した一人芝居《人間の声 La Voix humaine》。直後にボヴィは芝居の抜粋を仏Columbia社のためにスタジオ録音した。78回転のSP盤両面で二枚分、収録時間は十六分弱。今しがた届いたのは、その貴重なSPの現物なのである。
拙宅にはSPレコードの再生装置がない。だから文字どおり、これらは宝の持ち腐れなのだが、それでも持っていることに価値がある――そう信じている。なにしろ、これが最初の《人間の声》なのだから。