月末に迫った小レクチャーの準備が佳境、ならぬ火急の域に入りつつある。寸暇を惜しんで作業にいそしまねばならない毎日だが、昨夜は妹と家人に誘われて日比谷の「シアタークリエ」までミュージカル公演を観に出かけた。忙中閑あり、たまには気晴らしも必要なのだと自分に言い聞かせつつ。
開幕は七時きっかり。昨夜のスタッフ/キャストは以下のとおり。
脚本/マーシャル・ブリックマン、リック・エリス
音楽/ボブ・ゴーディオ
作詞/ボブ・クルー
翻訳/小田島恒志
訳詞/高橋亜子
演出/藤田俊太郎
音楽監督/島 健
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フランキー・ヴァリ/中川晃教
トミー・デヴィート/伊礼彼方
ボブ・ゴーディオ/矢崎 広
ニック・マッシ/spi
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ボブ・クルー(プロヂューサー)/太田基裕
ジップ・デカルロ(マフィア)/阿部 裕
ノーム・ワックスマン(高利貸)/畠中 洋
メアリー・デルガド(フランキーの妻)/綿引さやか
ロレイン(リポーター、フランキーの愛人)/小此木まり
フランシーン(フランキーとメアリーの娘)/まりゑ ほか
四年前の映画封切時に観たときの印象はだいぶ薄れているものの、ストーリーの展開は、映画も舞台もほとんど変わりないのではないか。
史実とはかなり異なるということだが、ニュー・ジャージーの田舎の貧しく無軌道な若者四人が「フォー・シーズンズ」として瞬く間にスターダムにのし上がり、世界的ヒットを連打するものの、やがて人間関係の齟齬からグループを解散し、それぞれの道を歩むという物語は全く同一である。
ただし、イーストウッドの映画では陰翳豊かに造形された登場人物の内面の機微はさすがに描かれず、その代わりに次々と歌われるヒット曲の数々が圧倒的な迫力で迫ってくる。生で接するミュージカルの醍醐味ここにあり。席数六百という小屋の規模も、それにちょうどふさわしい。われわれの席は十六列目やや右寄りだったが、鑑賞に全く不足はない。
誰もが異口同音に認めるように、主役に扮する中川晃教の歌唱があまりにも素晴らしい。フランキー・ヴァリの再来といいたくなるファルセットの高音が見事に出ており、二時間半ほとんど出ずっぱりの舞台を、瑕瑾なしに全力で唄い踊り演ずるのは凄いことだ。
他の三人はダブル・キャストだそうで(昨晩のチームは「ブルー」と呼ばれ、皆この芝居は初体験だとか)、初演時の出演者を含む「ホワイト」組との比較が取り沙汰されようが、昨晩に関する限り、歌唱・演技ともども不満はなく、四人のアンサンブルも上々だったと思う。
客席からは見えないが、八人編成の生バンドの健闘ぶりも大いに称えられよう。沸き立つような音楽あってのミュージカルなのだ。
それにしても、このミュージカルは脚本がいい。ヒット曲を連ねて、台詞でほぼ時系列に繋げていくシンプルな構成ながら、登場人物たちの関係性の変化、キャリアの浮沈が手に取るようにわかる。
パンフレットの解説によれば、ミュージカル全体を「フォー・シーズンズ」に因んで、「春」「夏」「秋」「冬」に準えた四部分に分かち、さりげなく起承転結をもたせたという。観ていてそれと気づかないながら、こうした構成の妙が舞台を下支えしていたのは明らかだろう。
二年前の初演時にも中川がフランキー・ヴァリを演じたそうだが、その舞台も観ている妹によれば、彼の進境ぶりも含め、スタッフ、キャスト全体の水準がぐっと高まっているという。彼女は後日また「ホワイト」組の公演も観るのだと気を吐いていた。
終演後もスタンディングの喝采が長く続き、劇場を出たときは十時十五分を回っていた。昂奮いまだ冷めやらずという面持ちで家路に就いた。