なんの予備知識もなしに、まずはこの曲を聴いてほしい。1937年に初演された《ピアノのためのソナチネ》。作曲者は当時二十一歳の若さだった。
→この音楽おそらく誰もが「フランスの作曲家が両大戦間に書いたピアノ曲」だと思うのではなかろうか? プーランク? ルーセル? イベール? そのいずれにも似て、いずれとも少し違う。簡潔で瀟洒で可憐で、フォルムのくっきりした新古典主義の流れを汲む音楽だ。
作者の名は小倉朗(おぐらろう)。第二次大戦中はベートーヴェンとブラームスに深く傾倒し、第二次大戦後にはバルトークに導かれて、あくまでも調性の枠組みを崩さず、ダイナミックな緊張感に満ちた堅牢な管弦楽曲や室内楽を書いた。
その彼が1930年代にはラヴェル以降のフランス音楽に魅せられ、このような洒脱で愛すべきピアノ曲を東京で書いていたとは、ちょっと信じられない気がする。戦後ほどなく、小倉は若き日の作品を「取るに足らぬ習作」と看做し、大半を焼き捨ててしまった。この《ピアノのためのソナチネ》は戦前たまたま刊行されたため、辛くも後世に遺されたものだ。
戦前の日本の若き作曲家がいかに同時代のパリの音楽に憧れ、そこから多くを学んだか――その好例として思い出すべき愛らしい佳作だろう。
今日は小倉朗の命日(1990年8月26日歿)ということで、ふとこの曲を聴きたくなった次第。ちなみに、小倉さんは学生時代のわが恩師である。