聴かねばならないのはドヴォジャークの協奏曲だ。あまたあるロストロポーヴィチによる同曲の録音のなかで、どうしてもこのライヴ演奏でなければならない理由がある。
❖
この演奏は類例のない壮絶な歴史的ドキュメントである。
なにしろ1968年8月21日、ソ連軍によるチェコ侵攻の翌日(報道された当日)の演奏なのである。
当日のプロムズ会場、ロイヤル・アルバート・ホールは騒然たる雰囲気に包まれ、開演前の拍手に混じって客席から何事か怒号が飛び交う(「ロシア人は帰れ」と叫んでいる由)のが実況からも聴きとれる。
ただならぬ緊張感を湛えて演奏は開始される。ソ連の演奏家たちが奏でるチェコ音楽。よりによって予め定められた当夜の曲目がドヴォジャークの協奏曲だったとは、なんたる運命の皮肉であろうか。
これは途轍もない演奏である。ほとばしり出る慟哭また慟哭。思わず胸が張り裂けそうになる。
全体のテンポ設定は恐ろしく速いが、それでいて弾き飛ばす感じは毫もなく、第二楽章での沈潜する独白は比類のない深みに達している。ロストロポーヴィチのドヴォジャークへの尋常ならぬ共感が溢れ出て、巨大なホールを隅々まで充たすのがひしひしと感じられる。目撃者の証言によればロストロポーヴィチは演奏中ずっと滂沱の涙だった由。
終演後の熱狂的な拍手が凄まじい。「BBC レジェンズ」シリーズ中の白眉というべき「ただ一度、二度とない」記録である(→これ)。
1968年8月21日、今からきっかり五十年前の今日の出来事なのだ。
(夜になって追記)
本CDにロストロポーヴィチご当人が特別寄稿した回想から引いておこう。
《会場の雰囲気はまさに一触即発、聴衆から石が飛んで来ないか気懸かりでした。朝から多くの友人が電話してきて、演奏会に出演しないよう私に忠告しました。そんなわけで、私はマネージャー氏に、チェロに保険をかけるよう頼んだほどです。あの晩の私は動揺の極にあり、この曲をあれほど速く弾いたことは後にも先にもなかった。わが人生で最も過酷な演奏会のひとつでした。でも聴衆はチェコに対する私の愛情を理解してくれ、拍手喝采で報いてくれました。》