今日(8月14日)はフランスの名指揮者ジョルジュ・プレートルの九十四歳の誕生日・・・こう書くと、なんだか現役で元気に活躍しているような錯覚に捉われてしまう。生前の矍鑠たる面影がそれだけ生々しいのだ。
プレートルというとプーランク、そう鸚鵡返しに口をつく。まさしく真実なのだが、毎回そればかりでは、オペラにコンサートに膨大なレパートリーを誇った巨匠に対して失礼だろう。そこで今朝は、滅多に聴く機会のない珍しい音源を棚の奥から引っ張り出してきた。
「珍しい音源」といったが、発売当時フランス本国では大反響を呼んだ現代オペラの世界初録音である。ジルベール・ベコー(Gilbert Bécaud)の《アランのオペラ Opéra d'Aran》(1962)がそれだ。
ジルベール・ベコーとはあの有名なシャンソン歌手ベコーである(1927~2001)。自作自演の「そして今は Et Maintenant」(1961)や「ナタリー Nathalie」(1964)の世界的ヒットで一世を風靡した。日本にも根強いファンが少なく
ない。そのベコーが五年の歳月を費やして作曲したオペラは、大方の予想に反して、上演二時間に近い堂々たる本格的な舞台作品だった。しかもアイルランドのアラン島(Aran Islands)の貧しい漁村を舞台に、島民たちの愛憎の葛藤を描いた地味でシリアスな内容だ。オペラの系譜的にはヴォーン・ウィリアムズの《海へ駆りゆく人々》やブリテンの《ピーター・グライムズ》に連なる作品といえようか。強いてフランスに先例を求めるならば、ロパルツのオペラ《故郷》や劇音楽《氷島の漁夫》あたりか。
世界初演は1962年12月25日、パリのシャンゼリゼ劇場。そのときの指揮者がプレートルだった。プレートルはかねてからベコーの作曲の才能を高く評価しており、カンタータ《星の子供 L'Enfant à l'étoile》を録音するほど肩入れし、この新作オペラの指揮を買って出たのである。
評価は賛否両論に分かれた。シャンソン歌手ベコーのファンが熱烈に支持する傍ら、批評家たちは時代錯誤の作品と酷評した。ただし、プーランクはこれを称賛したという。
《アランのオペラ》はほどなく初演と同メンバーにより世界初録音され、仏Pathé Marconiから美麗なボックス入りで発売された。日本盤はついに出なかったが、1960年代末には輸入レコード店でしばしば見かけたものだ。小生はずっと後年、中古レコードで手に入れた。直截なデザインの素晴らしさに惹かれたのだ(→これ)。装丁はカッサンドル工房かと思うのだが、どこにも記載はない。
音だけで未知のオペラに接するのはなかなかに厳しい体験だが、それでも一聴を強くお薦めしたい。YouTubeでそのプレートル指揮の全曲が聴けるのだから。→ここ